第141話 初めて使う異能『癒しの御手』! 花火姉さんの「なんやこれ! むっちゃ便利やんけ!!」

 翡翠の聖騎士マチコ・エルドッセブン。

 彼女の戦歴は少なく、同期である白銀の聖騎士ソフィア・ラフバンズと比較すると報告書の枚数が3分の2程度になる。


 これはソフィアが魔族やモンスターを相手に嬉々として「お前らならばいくらでも斬れる!! はははっ!!」とバーサーカーになっていた帝国首都時代も影響するのだが、ソフィアとの比較を抜きにしてもマチコの経歴は発展途上と言って問題ないだろう。


 彼女は威力の高くない風属性を主戦法としているため、練度の低いうちは特に単独での任務に向かない。

 ようやく単独で活動できるレベルに到達したのは昨年の事であり、聖騎士就任から3年ほど経っている事実を加味すると、遅咲きの部類であった。


 だが、数十万人いる帝国兵の中で聖騎士になり得るのはほんの一握り。

 現在その任に就いている者は約30と少しである事を考えると、いかに遅咲きとは言え聖騎士まで20代で上り詰めた才能は認めるべきだろう。


 そんな才能が、今。


「お、おい! みんな、落ち着け!! アタシがそのような卑劣な事をするはずがないだろう!? なんであんたたちはちょっとあのクレイジー女の口車に乗せられている!?」

「考えられへん!! こいつぅ!! 自分でウチのバール取り上げて、そんでもってカレンちゃんタコ殴りにしたのに!! 責任転嫁やで!! 嘘やん! まず人命救助するもんと違う!? ええ!? そこで自分の無実アピールするとか!! 信じられへん!! これが聖騎士様のやることなん!? えー!? みなさーん!? 見てはりますかー!? ここに鬼畜の聖騎士おりますでー!!」


 花火姉さんによって枯らされようとしていた。


 マチコの名誉のために一応念を押しておくが、カレン領主を見つけると「あんなん偽物やて! ウチの足を止められる思うなや!! がっはっは!!」と笑って数秒でバール投げつけたのは、こちらの佐羽山花火さん。35歳。


 だが、彼女はコミュ力、交渉力、突破力のいずれもをガチクズでデコレーションすることで、場を支配する驚異的な能力を有している破天荒姉さんでもある。

 どう足掻いても、新人気分がやっと抜けた26歳にどうにかできる壁ではない。


「嘘だろう!? こいつら、アタシを犯罪者を見るような目で!?」

「厚かましいヤツやで、ほんま! 犯罪者が一番ようやる手やんか!! 自分の正当性を主張して? ほんで場の空気乗っ取って? 後は無関係ムーブキメるだけやんなぁ? ああ、怖いわー!!」



 それをだいたい全部、余すことなくやっている花火姉さん。



 そこに紅蓮の斬撃が飛来する。

 撃ったのは当然だが、紅蓮の聖騎士ジオ・バッテルグリフ。


「くっ!! 下がりな!! あんたたち! どんなにアタシは否定されても!! 部下をこれ以上減らさせやしないよ!! 『旋風吹流しリ・サイクル』!!」


 ジオの斬撃を見事に受け流したマチコ。

 その瞳はいつの間にか澄み切っており、この数十分の戦闘で高潔な聖騎士としての格を上げたマチコ・エルドッセブン。


「……くっ。しまった!! 遅かったか!!」

「ぴゃぁぁぁっ!! 花火さんが悪い顔してますよぉ!! ジオさん、撤退しましょう!! 怖いです!! 危ないです!! 危険ですってぇー!!」


「私もできればそうしたい!! だが……!! 何やら、名も知らぬ私の後輩が!! 不当に名誉を傷つけられている気がするのだ!!」


 紅いスーツのおじさんを見つけて、「あ。多分あの人、紅蓮の聖騎士だね」と理解するマチコさん。

 彼女は翡翠の細剣を地面に突き刺すと、ジオの前に跪いた。


 グラストルバニアでは跪く事が「相手に対して無条件で従う」旨を伝えるジェスチャーとして定着しており、これは亜人などの間でもしばしば用いられる。

 マチコは言った。


「紅蓮の聖騎士ジオ・バッテルグリフ殿とお見受けしたよ。アタシは翡翠の聖騎士マチコ・エルドッセブン。正直、まったくダメージは受けていないし。何なら余裕で戦える。だけど、なんだか疲れた。もうあのヤバい女と事を構えて勝てる気がしない。……降伏させて欲しい」

「マチコ殿か。お初にお目にかかる。ジオだ。……何と言うか、気の毒な現場に派遣されてしまったね。顔を上げたまえ。貴殿の正しい判断のおかげで、兵士たちがこれ以上バールで殴られずに済む。これは素晴らしい事だ。マチコ殿。君の勇気ある行動に私は報いよう」


 花火姉さんの存在する空間では、基本的に正しい事をするだけでその評価点が3倍になる。

 翡翠の聖騎士マチコは、再び部下の信任を取り戻した。


「ジオ殿。アタシたちは既に退路を失くしている。都合の良い事を申し上げて恥ずかしいのだが」

「うむ。言わずとも分かっている。翡翠の聖騎士の部隊は、私たちエルミナ連邦が引き受けよう。ロギスリン領から無事に帰還できれば、君たちの身柄は保証する。この私と、隣にいる女神・エルミナ様が約束しよう」


「女神……!? 本当にいらっしゃったのか!! お会いできて光栄です。エルミナ様」

「あ。はい。ええと。頑張りましたね。元気出してください。おっぱい揉みます?」


 エルミナさんがマウントを取らない世界。

 ここはそういう空間である。


 そして空間を統べる者が降臨した。


「おっ! トムやんけ!! エルミナちゃんも!! なーなー? この聖騎士の姉ちゃん、タコ殴りにするんやろ? ウチ、一番貰うてええかな?」

「ええ……。花火殿。それはいくらなんでも。……エノキ殿ぉ!! 助けてくれ!! 私ではこの場を回す力が足りん!!」


 やって来るのはキノコ男。

 彼は花火姉さんを正論で殴ってみた。


「花火さん。あなたに人としてのお心があるのであれば、マチコ様をタコ殴りにするのではなく、カレン様の治療をお願いできませんか?」

「えー? なんかウチが悪者みたいな言い方やん? なんや、嫌やなー。そーゆうのさー。アウェー判定出てもうてるもん。あー。嫌やわー。……おい! なんでみんなして黙ってウチを見るんや!! はいはいはい! 分かりましたぁ! ほんまにこいつら! 急に結託しおってからに!! 敵と味方やで!? そんなん、すぐに仲良うなるのってご都合主義やんか!? 水と油やん!? 自家製マヨネーズ作るノリで混ざるなや!! はー!! 嫌や!!」


 文句を言いながらも、ついに倒れているカレン領主の元へと向かう花火姉さん。

 ちなみに「やっちまった責任」と「医療従事者の責任」の2つを背負っている割には、足取りが軽い。


 カレン領主の診察を簡単に済ませた花火姉さんは言った。


「これあかんわ。内臓にガッツンいっとる。放っといたら2時間くらいで死ぬで?」

「花火さん。さすがにこの流れでカレン様を見殺しにしたら、あなたの破天荒ムーブでも回避できない展開が待っていると愚考しますが」


「えっ。そうなん? ほんま? じゃあ、ウチ仕事するわ。ラブぅ!!」

「はーい。どうしたのお師匠。また人殺したの?」


「おい! ラブぅ!! またとか言うなや!! うちが殺しのライセンス持っとるのバレるやろ!! とりあえず、ウチのバッグ持って来て? バール入ってへん方な」

「はーい」


 花火姉さんがやっと、ようやく、薬剤師として仕事をします。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから15分ほど。

 花火姉さんは自作の医療器具と薬を用いて治療に当たった。

 そして、言った。


「あんな? 残念やけどな? これ、手ぇの施しようないで? なんでこんなになるまで放っといたん? あかんやん? もっと早うに診せてくれな」

「花火さん……。さすがにこれ以上倫理観を失くされますと、この世界に居場所がなくなりますよ?」


「え。そうなん? マジで? うわぁ。異世界って怖いとこやでー。ほんならね、ウチも使いますわ。なんたら言う異能。名前忘れたけど。はい、キモい光る右手ー!!」

「確か『癒しの御手ヒーリングハンド』と仰っておられましたが……」


「あー!! それ、それぇ!! 武光! 自分、ほんまに優秀やんな!! いやー! ピタッと欲しいとこにツッコミくれるとか!! なんや! ウチと世界狙うか!?」

「人命救助をお願いします。そして、丁重にお断りさせていただきたい」


 花火姉さんは光る右手をカレン領主の腹部に当てた。

 何やらキラキラとした光が爆ぜ始める。


 首をかしげながら、再び診察する花火姉さん。

 「うっわ!」と衝撃を受けた表情で武光に告げる。



「あかん。……治っとる。なんや、この右手。むっちゃ便利やん!!」

「エリーさん!! 治療をお願いします!! 私は知っております!! 場面が変わった瞬間に!! 花火さんが舌を出して! あ、やっぱあかんかったわ!! などと仰る可能性がある事を!! エリーさん!! あなたにしか頼めません!! 灯った希望の火を守ってください!」



 異世界では異能なんてもんはな。なるだけ出し惜しみしといた方がええんや。

 なんでか言うたらな。発動するタイミングが遅うなるほど、チート感増すねん。


 これ、豆な。

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