第163話 榎木武光&エルミナさん(偽)VSガルス・エヴィングとガルス隊

 なだれ込んでくる帝国軍ガルス隊。

 数の優位もあるが、フロラリア駐屯軍は守勢に回りつつ「突然攻め込まれた」のに対し、ガルス隊は攻勢に打って出ながら「攻め込む準備をと整えていた」点。

 これは元からあった優劣を決定的なものに押し上げる要素であった。


 ゆえに榎木武光も最初からフルスロットル。


 1日3つまでと、子供が母親にお菓子の数を決められるがごとく、日頃からエノキストマックに「それ以上食ったら、どうなるか分かりませんよ?」と脅されている敏腕営業マン。

 躊躇わず限度いっぱいをベットした。


「それでは皆様。向かって左側から順にAからIまでのアルファベットで区分し致します。皆様も私と同じ思考をお持ちですので、基本的な行動はお任せいたします。個別に指示を飛ばす場合は前述のアルファベットでお呼びしますので。よろしくお願いいたします」

「了解いたしました」


 以降、8人が同じ返事をするので省略する。


「うひぃー。武光さんがいっぱい……。これはとても怖いですねぇ……。あのぉー? 武光さん?」


 10エノキが全員一斉にグリンとエルミナさんの方を向いた。


「ぴぃゃあぁぁぁぁぁぁ!! 怖すぎるんですけどぉ!! オリジナル! オリジナルの武光さんでお願いしますぅ!!」

「では、私が。どうされましたか。エルミナさん。おっと。失礼。ドッペルの皆様は順次敵を無力化してください。戦闘力の高い方から優先的にお願いいたします」


 ドッペルエノキたちが散開して行く。

 彼らはキノコの異能こそ使えないが、各々が『強化の黄茸ストレングス』発現時の4分の1程度の身体能力を有しており、一般兵が相手ならば何の問題もなく無双が可能。


「武光さんの偽物たちは、反乱を起こさないんですかぁ?」

「愚問ですね。私の分身たちですよ?」


「よくあるじゃないですかぁ! 高い知能を持った分身とか機械とかが、本体をやっつけて自分がオリジナルになろうとするヤツぅ!! わたし、日本の資料を取り寄せて、たまに見てるんですからね!!」

「なるほど。意外と理性的な質問でした。が、あり得ません。『増加の黒茸ドッペルアバター』は私の力です。発現させている私が消えると、分身も消滅します。私がエルミナさんを殺してしまうようなものですよ?」


 エルミナさんは恐る恐る聞いた。


「で、でもぉ……。武光さんの性格だったら、必要なら自分もろとも私を殺しそうな気がぁ……。って! そ、そうですよねぇ!! そんなことしませんよねぇ!! あは、あははははははっ」

「…………」



「無言で微笑まないでくださいよぉ!! やるって言ってるようなものじゃないですかぁ!! やぁぁぁ!! 危険な生物が大量発生してますけどぉ!!」

「まあ、差し迫らなければやりませんよ。それよりもご覧ください。実に不味いキノコでしたが、耐えたかいがあったようです」



 ドッペルエノキが大立ち回りを演じていた。

 1人につき一度の動作でだいたい敵兵が4人ほど吹き飛ばされる。


 後詰に控えているのもまたドッペルエノキ。

 速やかに戦闘不能状態にして、次の獲物を締めにかかる。


 最後に控えているのもまた、ドッペルエノキ。

 先ほどエルミナさんを詰めようと思っていた麻袋に梱包して、フロラリア駐屯軍に納品している。


 恐ろしいキノコの軍勢が完成していた。


 これにはガルス・エヴィングもしびれを切らす。


「くそっ!! 聞いていないぞ! フロラリアにこれほど訳の分からん戦力があるなんて!! モスモス中尉!! お前は部隊の指揮を引き継げ!!」

「はっ。ガルス隊長はいかがされますか?」


「術者は既に分かっている! 黒眼のキノコ男!! ならば、その首を取るまで!!」


 ガルスが本陣に特攻を仕掛ける。

 彼は魔法剣まで習得しているほとんど聖騎士。

 それなりに強敵である。


「悪くない策です。私が彼でも、ああするでしょう。私を仕留めるか。それが叶わずとも、最低でもエルミナさんを殺害します」

「え゛っ!?」


 地面を隆起させながら器用にそれを足場にして飛び交うガルス。

 武光も迎撃の構えを見せた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おらぁ!! 地割れに呑まれろ!! 『地雷裂剣クエイクマイン』!!」


 ガルスが剣を振るうと、大地が裂ける。

 彼の魔法剣は土属性。

 土属性は使用する場所が限られるため、あまり汎用性が高くない。


 しかし、ガルスの適正は高かったのが土のみであったため、不承不承で身に着けた魔法剣。

 それが今回は活躍の場を得る。


 フロラリアの壁外は舗装されておらず、剥き出しの地面が広がる。

 土ならば山のようにあるため、素材には事欠かない。


「これは意外と強烈ですね」

「ふぎゃあぁぁぁぁぁ!! 武光さんが落ちましたけどぉ!!」


「あれは私のCですね。彼に踏み台になってもらいました」

「た、たけ、たけみちゅしゃん? 人道的になんか色々と問題がありそうなんですけどぉ?」



「私由来の力で、私そっくりの人形が生まれただけです。その命を有効に利用して、何か問題が?」

「だいたい発言の全部がヤバいと思いますっ!!」



 エルミナさんが常識的な指摘をするが、エノキ社員は止まらない。

 かなり数が減って駐屯軍だけでも対応できるようになったガルス隊を見て、ドッペルエノキたちを次々に手元へと戻し始める。


「FとH。申し訳ありませんが、特攻をお願いできますか?」

「F。了解いたしました」

「H。私がお客様を羽交い絞めにしますので、そのままどうぞ」


「な、なんだぁ!? こいつら!! 人の心はないのか!?」



 この場の全員が思っている事である。



「こちらH。準備完了。F。執行をお願いいたします」

「F。了解いたしました。貫きます」


「がぁっ!! マジでやりやがった!! 魔法剣でガードしてなければ、腹に穴が……!! こうなりゃ! 仕方がない! 来い、乳女!! 騎士道に反するが、致し方ない!! 国家元首の首を刎ねられたくないだろう!?」



「どうぞ。ご遠慮なく」

「お前は本当に血の通った人間か?」



 当然だが、からくりがある。

 エルミナさんはオリジナルエノキの後ろでスーツにしがみついて涙目で、ガクガクブルブルしている。


 これでもかとランドマークの乳を揺らしているので間違いなく本物。

 つまり、ガルスが捕らえたエルミナさんは。


「申し訳ありませんが。そちらは私の作った偽物です」

「うわぁぁぁぁ!! 溶けた!!」


 エノキ社員はさらに動く。

 手のひらをグッと握りこみ力を込めると、偽エルミナさんことBとの位置を交換するように、一瞬でガルスの懐に出現したオリジナルエノキ。


「失礼いたします。こちらも本日、立て込んでおりまして。捕縛させていただきますので、のちに尋問のお覚悟を。後日、エルミナ連邦の名物ゲロウナギのフルコースを提供させて頂きますので。では、これにて!!」


 榎木武光。

 大学時代は空手サークル。


 掌底打ちでガルスの顎を下からかちあげる。

 グラリと倒れこむと、彼は意識を失ったようだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 指揮官が前線に出ると士気は向上するが、指揮官が討たれると士気は急降下する。

 目の前で隊長がよく分からない能力の男に倒された事実は、ガルス隊を瓦解させた。


 現在、掃討戦を残存ドッペルエノキたちが担当している。


「武光さん! 武光さん!!」

「何でしょうか?」


「どうやってわたしの分身さん作ったんですかぁ?」

「あれはイメージによる具現化なので、脳内に明確なイメージがあれば私以外の方でも創り出すことが可能なのです」


「んふふふー。つまりぃー? 武光さんは、わたしのわがままボディに対して造詣が深かったんですねぇ!? やだぁー!! あんなに興味ないとか言いながら!! ばっちりおっぱいのサイズまで完コピキメるなんてぇー!! このエロ営業マン!! ぐふふっ。もぉー! 仕方のない人なんですからぁー!! ご褒美に、おっぱい揉みますぅ? ねぇねぇ、武光さん! 武光さん!! たーけーみーつーさーごふぅっ」


 榎木武光。

 フロラリアの攻防戦に勝利。


 短期出張業務を完遂する。


 隣ではキノコの女神様が倒れているが、恐らく名誉の負傷だろう。

 なお、ジャケットがはぎ取られていた。

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