第155話 霧雨の聖騎士アルバーノ・エルムドア、大軍を指揮して順調に接近中 ~最強を継ぐ弟子、静かに迫る~

 帝国領を北上中の帝国軍。

 部隊を率いるのは霧雨の聖騎士アルバーノ・エルムドア。


 帝国最強の名を譲らずに25年と少々な師匠、蒼雲の聖騎士レンブラント・フォルザの命を受けて、エルミナ連邦を殲滅するために行軍中である。


「エルムドア様」

「なんだ? ああ。君は」


「レオーナ・アルキシオンです。今回、部隊の連絡役を務めます」

「そうか。まだ若いな」


「はい! 私、25歳です!! ピチピチです!!」

「ははっ。自分で言うのか。愉快な子だ。それで、アルキシオン。どうした?」


「レオーナとお呼びください! そちらの方が短いですので!!」

「分かった。では、レオーナ。報告を聞こう」


「はっ! 現在、隊列がかなり伸びております! 後方の支援部隊が遅れているようです!! 意見具申いたします!! よろしいでしょうか!!」

「そうかしこまらないでくれ。やりづらい。というか、君は具申するために来たのだろう。自分を前にまったく委縮していないし。レオーナは大物になるな」


「恐縮です! では、僭越ながら! この先に宿場町がございますので、そちらで一時休憩を取られるのが良いかと存じます!! 私が先行して場を整えて参りますので、エルムドア様はこのままお進みください!!」

「それは、痛み入る。自分の事もアルバーノと……。いや。よく考えたら、ファーストネームもファミリーネームも長さが変わらんな。では、アルと呼べ。親しい者が自分を呼ぶときはだいたいこう略される。……初対面の女性に対しては失礼だろうか」


「よろしいのですか!! 光栄です! では、アル様!! レオーナ、行って参ります!!」

「ああ。気を付けて……もういないか。本当に元気な娘だな」


 アルバーノ隊は1500人を超える大所帯。

 彼自身、部隊を率いての出征は何度も経験していたが、1000を超える人員を率いてとなれば話は変わって来る。


 そもそも聖騎士部隊は少数精鋭が旨とされているため、300を超える兵を率いる事は滅多にない。

 それが1500ともなれば、言うに及ばず。


 この超大型の布陣こそエルミナ連邦が睨むアルバーノ隊の弱点であり、狙うべき間隙であった。

 当然ながらアルバーノもその点は理解している。


 レオーナによる具申でより鮮明に弱点が浮き彫りになった事実。


「ふむ。どうしたものか。だから師匠に申し上げたというのに。これでは、足が重くなる一方だ。予定の行軍速度すら維持できないかもしれん。そういうことならば、いっそのこと割り切るか。バーリッシュを目指す事は敵にも露見するだろう。杓子定規に応えてやる必要もない、か」


 アルバーノは柔軟な対応を取る。

 師のレンブラントに比べれば遥かに若いが、この男は36歳。

 聖騎士のキャリアとしては中堅に差し掛かり経験がセンスと交わる。

 彼の軍略は生き生きと根を張り、枝を伸ばしていた。


 宿場町に到着すると彼はすぐに行動する。


「レオーナ。少し相談がある。良いか?」

「困ります! アル様!! 私が若いからと言って、宿場町についてすぐそのような!!」


「君はアレだな。上官によっては処断されるぞ。その言動」

「ご安心ください! 私、人を見る目には自信がありますので!!」


「ははっ。そうか。確かに、慧眼をお持ちのようだ。それで、聞いてくれるか?」

「もちろんです!」


「部隊を2つに分ける。片方は自分がこのまま指揮するバーリッシュへ向かう本陣。もう片方をフロラリアへと向ける。エルミナ連邦、元の帝国領ラジルーニ地方だが。そこの第二の都市だ。防衛は万全だろう。普段は、と注釈がつくがな。有事ではどうかな? 興したばかりの新国家。そこまで国防が整っているとは思えない」

「結構悪いお考えをなさるのですね、アル様!」


「もちろんだ。自分たちは帝国兵を預かる身であり、ひいては帝国領の臣民の命も握っている。ならば、戦いに綺麗も汚いもないだろう。そもそも、戦いは忌むべきものだ。ならば、そこに良いなどと言う評価は存在し得ぬ。違うか?」

「違いません!!」


 アルバーノはこのやたらと全肯定してくる女性士官と話していると、なんだか緊張がほぐれていくかのように思えた。

 同時に「自分は緊張していたのか」と気付き、苦笑いを浮かべた。


 愉悦の女神・ゼステルについて、アルバーノはある程度知っている。

 師であるレンブラントが、まだアルバーノは幼い子供だった時分に助けたと聞き及んでおり、今は帝国の共同統治者として君臨している事も理解している。


 が、皇帝を傀儡としている事実や、騎士や兵士の亡骸から生命エネルギーを搾取している事までは知らされていない。


「指揮官の選任が難しいな。自分はあまり、部下の素性を知らないから。レオーナは良い人材を知っているか?」

「アル様よりもですか?」


「ああ。自分よりもだ」

「では、存じません!!」


「はははっ。連絡役なのにか。分かった。では、部隊名簿を見せてくれ。自分がその中から選ぼう。本来ならば熟考したいところだが、あと2日で敵国に突入せねばならんからな。そうも言ってられん」

「こちらをどうぞ! では、私は各小隊に休憩の命令を指示して参りますね!!」


 元気に走って行くレオーナを見届けてから、アルバーノはしばし考え込む事になった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらはアルバーノ隊の第9小隊。

 隊長はガルス・エヴィング。


 お待たせしました。特に大義もない、生粋のゲス野郎である。


「こちらは連絡部隊隊長! レオーナ・アルキシオンです!! エヴィング隊長はおられますか!!」

「ここに。ご苦労、アルキシオン殿」


「アルバーノ・エルムドア様よりのご命令を伝えます! ガルス・エヴィングは現時刻をもって、アルバーノ第二部隊の隊長に就任! 密命を帯びてエルミナ連邦、フロラリアへと進軍せよとの事です!! こちらが命令書です! ご不明な点があれば、近くの連絡兵へお伝えください!!」

「これは何という大役……!! 謹んで拝命する!!」


 レオーナが去った瞬間に顔を醜く歪めるこの男。

 当然のようにゼステルが仕込んでおいた良くない芽だった。


 ガルス・エヴィングは39歳。

 かつては聖騎士を志していたが、隠しきれない野心によって何度も選考から脱落。

 5年ほど前にその道を諦め、騎士団の中で出世する方向へと舵を切った。


 実力は聖騎士と同等のものを修得しており、部下からの信頼も厚い。

 出世する目的は当然だが、地位と名誉を得る事で退役したのちの生活をより豊かにする事にある。


 彼は「領主になり、良い感じに私利私欲の限りを尽くしたい」という、実に中ボスが似合う中くらいの野望を持っていた。

 これはもう、ラスボスに利用してくださいと首から値札を下げているようなものであり、「そういうことならば! 駒として拾いますよ!!」とゼステルさんがゲットした、いい塩梅の愚か者だった。


「本当に運が向いてきたのか……!! ブストス様のおっしゃった通りだった!!」


 ブストスと言うのは、ゼステルの偽名。

 いかに愉悦大好きゼステルさんと言えど、この手の拷問でもされたら5秒で秘密をお漏らしするであろう手合いには素性を明かさない。


 特に面白くないからである。


 なお、ゼステルの偽名は彼女が覚えているだけでも18ほどあり、記憶から消えているものも含めると恐らく倍になる。


「げはははっ!! こりゃあ最高だぞ!! 500人の兵を率いる隊長になれるとは!! あとは手柄を上げちまえばこっちのもんだ!! 聖騎士だって出し抜ける!!」


 どこまでも小物臭が漂うものの、戦場ではいついかなるタイミングで紛れが起きるともしれない。

 アルバーノ第二部隊。面倒なので、以後ガルス隊。


 ガルス隊は、ウッキウキの小悪党が先頭に立ち、フロラリアへ向かい進軍する。

 この男がしっかりとアキレス腱になってくれるのかどうかは、まだ分からない。

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