第178話 最後のキノコ

 エルミナさんが上空に出現した。

 ゼステルのわずか2メートル隣であった。


「ぴゃあぁぁぁぁぁぁぁ!? こんなのってあんまりですよぉぉぉ! なんでわたしぃ! ノーロープバンジーさせられるんですかぁぁぁ!?」


 なお、すぐ傍では愉悦の女神がこの戦いで最も大きな驚きを覚えている。


「誰ですか?」


 ゼステルからすると、この戦場にいる戦士は全て把握済みなのである。

 帝国兵やエルミナ連邦の雑兵に至るまで、その存在は完璧に理解している。

 が、非戦闘員は別。


 ただの人間から魔力はほとんど奪えない。

 生体エネルギーこそ奪えるものの、精神の昂っている者の方が良質なエネルギーを吸収できるため、戦う力のない者に関しては無視を決め込んでいた。


 ゼステルは、レンブラントが言ったように転移魔法と消滅魔法の連用で、かつてないほど魔力の量が低下している。

 依然膨大な量を蓄えてはいるものの、無駄遣いは極力避けたい。


 そこでエルミナさんである。


 彼女は普段、女神の魔力すら発していない。

 発しているのは酒気くらいである。

 たまにいい匂いがすることもある。


 通常の魔力は魔法を使う際に湧き出て来るが、やる気がないため普段は体の奥底に眠っている。

 よって、ただのわがままボディな町娘にしか見えない。


「ぴゃあぁぁぁぁぁ!!」

「やれやれ。あなたは何をしておられるのですか? 身を挺して戦場に来るとはまず思えませんが。ついにどなたかにいじめられ始めましたか?」


「た、たけみちゅしゃん!! うぇぇぇぇ! 助かりましたぁぁぁぁぁ!!」

「エルミナさん」


「はい!」

「体を押し付けないでください。鼻水とヨダレがスーツに付いてしまいました」



「ガーン! おっぱいも密着しているんですけどぉ!? ねぇ! これ、世界最高のおっぱいですよぉ!? わたし、フゴリーヌ先輩に勝ちましたもんっ!!」

「そうですか。良かったですね。しかし、邪魔なものを拾ってしまいました」



 レンブラント・フォルザは右腕の出血を魔力で無理やり止め、現在は武光のサポートに徹している。

 エルミナさんを回収できたのも彼のおかげであった。


 再び壁の上に戻る武光とエルミナさん。

 ゼステルがかなり遅れて気付く。


「あなた……。かすかですが、女神の魔力を感じますね? まさか……女神ですか!? そのように矮小な力で……!?」


 エルミナさんは先ほど、「マザーだけにゴールはさせませんからぁ!!」と、潜在能力を開放してとんでもない治癒魔法を使用済み。

 ただ、キノコの魔力は用が済むと完全に消えてなくなる性質のため、それを感知できたのはゼステルの実力の証明でもあった。


「な、なぁぁぁ! 失礼ですねぇ!! なんですかぁ! そんなたいしたことないおっぱいで!! 偉そうに!! 見たところ、頑張って並盛!! ふふーん! ザコおっぱいです! ざーこ! ざーこ!! クソザコおっぱいー!!」

「外見を揶揄される事には得別感情など抱きませんが……。殺しましょう!!」


「ぴゃっ!? 怒ってるじゃないですかぁ!! 武光さん! やったってください!!」

「エルミナさん……。あなた、本当に何をしに来られたのですか。私、かなりギリギリの戦いをしていたのですが。相当旗色が悪くなりましたよ?」


 レンブラントが立ち上がり、武光に質問する。


「キノコ男殿。こちらの少女は?」

「恥ずかしながら、我が国の国家元首です。この期に及び恥部をさらす事、忸怩たる思いです」


「なんと……。では、こちらが件の。本物の女神様だったのか」

「はいっ! みんなのアイドル! 女神界1番のわがままボディ!! 顔はとってもプリチーな美少女!! エルミナですよぉー! ふぎゃっ!!」


 速度と身体を強化した状態での乳ビンタ。

 それに耐えるエルミナさんは結構すごかったりするのではないだろうか。


「お黙りなさい。いいですか。ここでじっとしておいて頂きますよ。あなたに死なれると、私も死にます。……どうしてこのようなハンデ戦に」

「ふぐぅぅぅ。多分ですけどぉ。美少女の応援があったら男の人は興奮するからじゃないですかぁ?」


 武光はため息をついて、再びゼステルに向かい飛び出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「アトラクションの種は尽きましたか!? 謎の女神の出現には驚きましたよ!! まさか! ただ驚かせるだけだったとは!! あははははっ!! 雷の槍!!」

「ぐぅぅ! 素晴らしい攻撃です。常にどなたかがいらっしゃる場所に目標を向けられるやり方。これは大変効果的と言わざるを得ません」


 武光は基本的にゼステルの攻撃の8割以上を回避せずに受け止めている。

 彼が言った通り、避けた瞬間に誰かが巻き添えになるからである。


「あらあらあら! あなたは非難しないのですか?」

「致しませんよ。常に効果的な方法を選択するのは、戦いでも営業でも同じこと! 競合他社に出し抜かれたと言って地団太を踏むのは三流です。『瞬神連撃拳ヘルメスラッシュ』!!」


「あははははっ! 面白いですね! 拳で立ち向かって来るとは! レンブラントの剣は使わないのですか?」

「使えません。可能性の低いパターンを選択するのは愚策!! 弟子の技を借りるのも恥ずかしいですが!!」


 武光は魔力の足場を蹴り上空へ飛び上がり、そのまま降下する。


「失礼!! 『撃墜拳デストロイ』!!!」

「かっ!! い、今のは少し、意表を突かれました……! さすがは転生者! グラストルバニアの常識を無視してきますね!! とても楽しいです!!」


 一見すると目まぐるしく攻防の入れ替わる善戦に見えるが、武光の劣勢は明らか。

 前述の攻撃を受けざるを得ない事情も当然影響しているものの、より根本的な問題が迫っていた。


「エルミナ様。お聞きしたい」

「はい? なんですかぁ?」


 レンブラントは長年ゼステルと共に過ごしていたため、女神の魔力を感じ取ることができる。

 その彼が異変を察知していた。


「キノコ男殿の異能……。あれは制限時間がありますな?」

「あ゛っ!! そ、そうでしたぁ!! すっかり忘れてましたよぉ!! どどど、どうしましょう!?」


 既に『瞬神の青茸ヘルメスモーション』の効果が切れかけており、武光のスピードに陰りが見え始めていた。

 レンブラントが気付いたと言う事は、当然だがゼステルも感づいている。


「さあさあさあ! どうします? 次のキノコを食べますか? 早く手を打たないと! 私はまた力なき者を狙うかもしれませんよ?」

「その手には乗りません。私がキノコを生やす際には隙が生まれます。そのタイミングを待っておられる事くらいは、私でも愚考いたします」


 ゼステルは「ふぅーん」と口元を歪めた。

 続いて、くるりと反対方向を向くと消滅魔法を手のひらに創り出す。


 その規模は大きくないが、先ほどレンブラントの腕が抉り取られた時よりも密度が高い。


「どうすると思いますか? これ!」

「実に素晴らしい作戦です。こうなると私は取る策がございません。ぬぅぁぁぁ!!」


 武光は右手からキノコを生やした。

 色は黒。


 だが、ゼステルは「あはははは!」と笑う。


 次の瞬間、上空から消滅の球が武光の右手目掛けて降ってきた。


「……くっ。それは、先ほど蓄えておられた……!!」

「ええ! 上空にありますよ! 大陸の半分を吹き飛ばせる! 消滅魔法の塊が!!」


 武光もレンブラントも、巨大消滅球はゼステルが体内に戻したものと思っていた。

 だが、ゼステルが帯を飛ばして魔力とエネルギーを執拗に欲した理由を考えるべきであった。


 既に彼女は、準備を終えている。


 武光の右手が抉り取られた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 レンブラントに抱えられ、武光は壁の上に横たわる。


「いかんな。出血が酷い。しかも、これでは……。もはやキノコが……」

「ぴぇっ!? た、武光さん!? 嘘ですよね!? 武光さんですもん! いつもみたいに、何かとっておきの大逆転パターンでしょ!? ねっ!? なんで何も言わないんですかぁ!? ちょっとぉ! 嫌ですよ、わたしぃ!! 武光さぁん!!」


 エルミナさんが武光にすがりついて泣く。

 彼女の感情が昂ると、謎の潜在能力が発揮されるのは先ほどのマザーに対する件で実証済み。


 榎木武光の体が白い光に包まれた。


「これは……!? エルミナ様。何をなされた?」

「わ、わたしはただ、武光さんが死んじゃうの嫌ですって思って!! 頑張ってる武光さんがこんな目に遭うの、ひどいですよぉ!!」


 ゆっくりと武光の体から女神の魔力が放たれ始める。

 だが、もうキノコを生やすための右手がない。


 けれど、キノコは生えてきた。

 白いキノコが。



 両方の乳首から。



 エルミナさんが呟いた。

 「ええ……。武光さん。それはダメですよぉ。なんでこんなタイミングでふざけるんですかぁ? 今まで、ずーっとマジメにやってきたのにぃー」と。


 エノキ社員の名誉のために先述しておくと、だいたい全部がエルミナさんのせいである。

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