第177話 復活のキノコ男

 目の前で自分の師が負傷した。

 蒼雲の聖騎士が怪我をしたところをアルバーノ・エルムドアは1度しか見たことがない。


 ある朝、後頭部から大出血しながら「すまん。アルバーノ。包帯をくれ。私の家に備蓄がない」と照れ笑いしながら訪ねて来たのはもう何年も前の事。



 下手人は総督府で一仕事終えて、『花火大砲ナイトメア』の調整をしている花火姉さん。



 そのレンブラントが、たった今右腕を吹き飛ばされた。

 原因が自分にあると理解した瞬間、霧雨の聖騎士は我を失った。


 長らく戦場に身を置き続け、精神の制御も完全に身に付けた。

 そのはずだったアルバーノだが、頭に血が上るのを止められなかった。


「ゼステルぅぅ!! 貴様ぁぁぁぁ!!!」

「待て! アルバーノ! くっ! 魔力で止血を!! ゼステル! あなたの相手は私のはずだ!!」


 愉悦の女神は笑いを我慢できない様子で、口元を歪めた。


「あははははっ! 良いですね! とても良いです!! レンブラント! あなたがそんなに狼狽えたのは初めてではありませんか!? これは素晴らしいです!! では! 聖騎士の豊富なエネルギーを私が遠慮なく頂きます!! さようなら! アル!!」


 次の瞬間。

 高速で真横に飛んでくる物体があった。


 ゼステルは捕食のタイミング。

 アルバーノは冷静さを失っている。

 双方が気付かない。


「失礼いたします!!」


「ぐぁぁ!!」

「アルバーノ!! 無事か!?」


 新しいスーツに着替えてやって来たのは、榎木武光。

 乱暴にゼステルの帯ごとアルバーノを蹴り飛ばした。

 今の動きを見るに、キノコを食べているのは明白。


「……キノコ男!! あなた、どうやって! ははあ、なるほど! あちらのお嬢さんの異能ですか! けれど、この異能で回復できるのは体力と傷のみ!!」

「よくご存じのようですね」


「ええ! 治癒の女神は私が吸収しましたから!」

「なるほど。お聞きしたいのですが、治癒の女神様はお亡くなりに? そうなりますと、花火さんも死亡するのが道理かと思いますが?」


「意外とお喋りですね! あなた! 吸収したと言っても、殺してしまっては奪った異能が消えますから! 今はヴァレグレラに幽閉していますよ!!」

「そうでしたか。では、この仕事が済み次第、お救いに向かいましょう」


 武光はキノコを生やして食べる。

 ゼステルが少し驚いた表情を見せた。


「あなた……。限界だったはずですよ? 会話を聞いていましたから。どういうトリックです?」

「ゼステル様。先ほどこちらの質問にお答えいただいたので、私も応じましょう。まず、回復させて頂いたのち、思うところありまして。自分でナイフを胸に刺しまして、胃を傷つけました。すぐに治療して頂きましたところ、胃の内容物がなくなりまして。今は大変スッキリしております」



「……頭にもキノコが生えているのですか? ……ちょっと笑えませんけれど」

「失礼な事をおっしゃる。合理的な措置と言って頂きたいです」



 愉悦の女神をドン引きさせたキノコ男。

 チラリと視線を聖騎士たちに向ける。

 営業マンが過剰に喋る場合、何かしらの理由があるのは常識。


 意図を理解したレンブラントはアルバーノを地上に向けて落とした。

 待機していたギダルガルが再びキャッチする。


「ギダルガル様! 花火さんは総督府におられます!! お願いいたします!!」

「ゲゲゲ! 承知した!! エノキ!!」


 高速で飛び去るギダルガル。

 腐っても魔王にまでなった魔族。

 追いかけて来る魔帯を器用に躱しながらすぐに総督府へと到達した。


 そこには『花火大砲ナイトメア』を構えた花火姉さん。


「お笑いの女神やと!? せやったらな!! ウチも笑わせてみんかい!! 仕事ばっかり増やしよってから!! ほんま腹立つわー!! 喰らえ!! ラブの火薬ぶち込んだ、ウチの魔法じゃ、ボケェ!! おらぁぁぁぁ!!」


 総督府から眩い閃光が走った。

 それは炎であり、帯の全てが燃え尽きる。


「見たか! これが日本の誇る魔法や!! 待っとれよー!! このイケメン治したら、ウチがそっち行くからなー!! 焼き尽くしたるで!!」

「んーん。お師匠、違うよ? それはね、科学だよ? エリーゼ知ってる。兵器だもん。お師匠。エリーゼね、日本にだけは絶対行きたくないな」


 日本が誤解されながら、花火姉さんのやりたい放題が真価を発揮。

 相手が世界を滅する女神であっても、破天荒のガチクズ姉さんは屈さない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「さて。では、私が僭越ながらお相手させて頂きます」

「待て。キノコ男とお見受けした。アルバーノを救ってくれた事、感謝する。これまでの連邦に対する非道の責任も私にある。だが、この戦いのけじめをつけるのは私の半生を賭けた使命!!」


 武光は既に『瞬神の青茸ヘルメスモーション』を食べており、先ほどから『強化の黄茸ストレングス』をモグモグ。

 この組み合わせは頻出なのでお腹に優しい。


「お言葉ですが、レンブラント様。責任をお感じでしたら、未来に思考を向けられるのはいかがでしょうか? 帝国の指導者が2人同時にいなくなれば、臣民はどうなります? 分からないあなたではないはずです」


 答えに窮すレンブラントを見て、武光は柔らかく笑う。


「あらあらあら! まさか勝ったつもりですか! キノコ男!! 私は消滅魔法も手にしているのですよ! あなたの手をまずは抉り取りましょう! キノコなど生えさせません!!」


 武光の両手の周囲がぐにゃりと歪む。

 だが、彼はすぐに壁を蹴って空中に飛び出す。


「女性を殴る事に抵抗があった私はもういません!! 女神様の乳は、しばき慣れましたので!! そぉぉぉぉい!!」

「ああああっ!? ぎぃっ!! この男! 私の胸を!?」



 なにゆえ乳ビンタをしたのですか。エノキ社員。



「申し訳ございません。いつもの癖でして」

「よく分かりました。異常者ですね? あなた!!」


 ラスボスと対峙して、とりあえず何の迷いもなく乳ビンタを繰り出す武光。

 若干だが、異常者の気配を漂わせていた。


「距離を取りましょう! あなたは飛行能力がありません!」

「ご明察です。私は速度強化と身体強化で誤魔化しているだけです」


「では! 私が足場を作ろう!! キノコ男殿!! それからこれを!!」

「おや。大変貴重なものをよろしいのですか?」


 レンブラントが投げて渡したのは、短刀であった。


「まだ私の魔法剣がしばらく使える! ゼステルの魔力も弾けるはずだ!! 貴殿、剣の心得は!?」

「ご安心を。高校時代、体育の選択科目で剣道を選びました。先生に、単位やるからずっと素振りしてろ、邪魔だ。と言われたものです」


 レンブラントは意味こそ分からなかったが、そこはかとない不安を覚えたと言う。


「あまりお喋りな男は好みではありません!!」


 ゼステルが消滅魔法を球状に構築して投げつける。

 武光を野球のスイングのように短刀を振ると、強化された肉体が良い感じに噛み合ったらしく、斬撃が発生した。

 それは球体を真っ二つに切り裂く。


「おお! 見事だ!! 体育とやら、察するに貴殿の故郷の流派の1つか!!」

「これは自分でも驚きです。為せば成るものです」


 ゼステルは両手に魔力を蓄積させる。

 それは消滅魔法ではなく、風魔法と衝撃魔法。


「私の攻撃は自分でも覚えられない程の種類がありますよ!! 次はどう対応します!? キノコ男!! はぁぁ!!」

「ぐぅっ! これはいけませんね……!」


 武光は壁に叩きつけられた。

 だが、彼はすぐに前を向く。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 東の森で動きがあった。


「エルミナ」

「はい! マザー! シェルターに逃げましょう!!」


「私には、あと一度しか魔法は使えないでしょう。回復するには少なくとも数週間。正真正銘、これが最後です」

「そうなんですか! じゃあ、シェルターに転移しましょう!!」


「あなたをこれから、武光さんの元へと飛ばします」

「ぴぇっ!?」



「厳密には、ゼステルの元へ飛ばします、女神座標があの子のものしかありませんので。エルミナ。担当女神として、役目を果たすのです」

「ぴゃあぁぁぁぁぁ!? い、嫌ですよぉ!! 無理です! わたしが行って役に立ちますかぁ!? ちょ、皆さん、止めてください! マザーボケてるんです! ヤですか」



 エルミナさんが消えた。

 残った女神たちがマザーにコメントする。


「なぁ。ババア? 今の何の意味があんだ?」

「ねー。エルミナちゃん、死んじゃうよー?」


「待たれよ、先達のお二人。マザー様にはお考えが。……ないのですか!?」

「おや! エルミナが出現しました! 上空です! 落ちて死ぬのでは!?」


「いえ。あの、皆さん。聞いてください。エルミナは武光さんに異能を授けていますが、エルミナが発現させたキノコの力はまだないのです。それに賭けようと思ったのですが……。生存本能に訴えれば、出るかなって。もしかして、タイミング悪かったですか?」


 女神たちは全員で黙とうをささげた。

 哀悼の意をこめて。

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