第176話 榎木武光、治療中 ~薬師と薬剤師の師弟コンビ、力を合わせる~

 総督府では、エリーさんによる榎木武光の治療が続いていた。

 隣では戦局を伺うリンさん。

 心配そうに見つめるルゥさん。


「エリーお姉ちゃん! どう!? エノキさん、元気になるよね!?」

「う、うむ……。とりあえず点滴をしてみたが、既に胃薬は飲ませておるのじゃ。こうなると、胃の中身を出したりする荒療治が必要じゃが……」


「そ、それ! やってあげようよ!!」

「うむむむ」


 リンさんが視線を切らずに解説する。


「それをするとさー。武光は時間をかけて回復するはずさー。でもさー。この戦いでは完全に戦線離脱することになるのさー。ちょっとまずいのさー」

「ぬぅぅ。薬師としては、すぐに治療をしたいのじゃ。しかし、しかしなのじゃ。武光の力が必要になる局面が来た時、その時に動けなかった武光は、きっと後悔するのじゃ。この男はそういう人間なのじゃ。自分の身よりも他人を心配して……。ワシは、薬師失格なのじゃ。どうしても、武光の意思を汲みたいのじゃ」


 ルゥは「そんな……。エノキさん……」と瞳に涙を溜める。

 エリーも同じく、潤んだ目で苦しそうな武光を見守る事しかできないでいた。


 そんな時、総督府を駆け上がって来る足音か響く。

 1人ではなく、数人のものでありエリーとリンは身構える。


「おらぁ!! やっはろー!! 敵かと思ったん? 残念! 花火お姉さんでした!!」

「武光様ぁ!! 総督府の職員の方たちが教えてくれやがったんですわ!! わたくしの愛する武光様がお倒れになりやがったと!! 苦肉の策で、花火さんをお連れしましたわ!! もう、ホントにギリギリまで迷いましたのよ!!」



「ステラん?」

「あ゛っ! 花火さんしかおられないと思ってお連れしましたのよ!!」



 困ったときの破天荒。

 みんな大好き花火姉さん、榎木武光のピンチに堂々参陣。


「ステラさん!! 良かったぁー!! けど、エノキさんは私の旦那様だよ!!」

「うぐぅ……! ルゥさん、ここでその宣言をしやがりますの……!! とんでもねぇ強敵ですわよ……!!」


「ボクも協力するさー。控え目なおっぱい武光に押し付けるさー?」

「エリーゼね、お師匠がいない地方に連れてってくれるなら、武光のお嫁さんでも愛人でもなるよ?」


「どさくさに紛れて! なんかライバル増殖してやがりません!? 何なんですの!! わたくしが最初にお慕い申し上げたんですわよ!! むきー!!」


 花火姉さんが首をコキコキと鳴らしながら、乙女たちに呼びかける。


「あんな? みんなさ、今、人が死にかけとるんやで? そないな状況で、好きとか愛とか、ちょっと違うんやない? お姉さん、そんなんダメやと思うで?」



 花火姉さんに怒られた4人は甚だしい猛省に至ったと言う。



「ほなな! お姉さんが診たるで!! んー? なかなかええ腹筋やな!! 必要ないけど、ズボン脱がせたろ!!」

「花火さん!! 早く治しやがれですわよ!!」


「えー? ステラん、武光の下半身見たことあるん? 水着はダメやで? 生、生やで? なぁ、今なら見放題やんか? えー? 興味ないん?」

「ふぐぐぐぐぐっ!! ね、ねぇですわよ!! 湖に行った時にチラ見したので、今はその妄想で補填してますわ!! いずれの楽しみですわ!! ……あ゛っ」


 花火姉さんは満足そうに頷いて、右手を光らせ始めた。

 エリーさんがフォローする。


「ステラ? お師匠ってこーゆう人だよ? あのね、真に受けたら心が疲れるの。エリーゼはとっくに心を閉ざしたよ? きっとね、戦いが終わったらね。ウチが治したんやから、おどれら全員、スク水着て水遊びや!! とか言うの。エリーゼ知ってる」

「ラブぅ!! 栄養剤作ってー! ウチのこの光るヤツな、怪我とか病気治せても体力戻らへんみたいなんやわ。さっき直したイケメンの聖騎士とか言うヤツも、なんやフラフラやったもん! ほれ、急ぎの仕事やで!」


「はーい。エリーゼね、生き残ったら絶対旅に出るんだ。本物のバインバイン草を探すの」

「まーだそんなこと言うとるんか? ほれ、これやるわ」


 花火姉さんはピンク色の草を取り出した。

 それをエリーゼたん18歳の足元に投げる。


「……色のついた草だ」

「あ。それな、バインバイン草。ガチのヤツ。インダマスカに生えとった。ホルモン刺激しまくるから、3か月でおっぱい5センチはデカなるで?」


「ぴっ!! ルゥ! エリーゼの薬箱持って来て! 医務室にあるから!!」

「はい! 分かった! 待ってて!!」


 武光の体が温かい光で包まれ始める。

 グラストルバニアの最強の薬師と薬剤師の座はこの師弟が当分譲りそうにない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 市街地の東側のとある家屋から、白い帯が一斉に伸び始めた。

 ゼステルの仕業である事は明白だが、その量は先ほどの比ではない。


「ぐぇああああ!!」

「ひぎゃあぁあぁぁ!!」


 帝国兵たちが次々に貫かれていく。

 だが、レンブラントとアルバーノは動かない。


 彼らは己の役割を果たす事に集中しており、特にアルバーノはここまでの戦いで知っていた。

 地上に残っているエルミナ連邦の者たちに任せて問題ないだろうと。


「ゲゲゲゲ! ルーナ! オレが引き受けるから下がっていろ!」

「ギダさん水くさーい!! あたしもやるやるー!!」


 魔王とミシャナ族の戦士が魔帯を破壊していく。

 が、2人では処理しきれない。


「アタシも混ぜてもらうよ! さあ、聖騎士部隊の本領発揮だよ、あんたたち!! 剣や槍、矢で攻撃! 帯が来たら逃げな!! アタシが引き受ける!!」


 正門を守護していた翡翠の聖騎士マチコ・エルドッセブンと残存している聖騎士部隊が駆けつけた。

 そこには帝国兵も含まれている。


「我らも援護だ!! 接近すると我々の実力では邪魔になる!! 距離を保ち、矢で攻撃せよ!! 矢が尽きた者から総督府へ向かえ!! シェルターを守り、盾となるのだ!!」


 クムシソ・ガッテンミュラーも号令をかけた。

 数百人の兵士たちが帯の撃滅に参加する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 バーリッシュ東の森には、負傷した亜人部隊を連れて紅蓮の聖騎士ジオ・バッテルグリフが退避していた。

 無差別に襲って来る帯を処理するには、的となる者を1か所に集めた方が迎撃の手間をかなり簡略化できる。


「はぁぁぁ!! フゴリーヌ様がエルミナ様と絡み合っておられる!! キマシタワー!!」

「そ、ソフィアさぁん!! たしゅけて! おっぱいがもげますぅー!!」

「んー。なんか美味しそうに見えて来たよー! エルミナちゃん!!」


 飛んでくる魔帯の迎撃はトールメイさんとベルさんが担当していた。

 プリモさんはガス欠。フゴリーヌさんにタケノコを与え過ぎた。

 マザーはゼステルが既に一度エネルギーをごっそり奪っている。


 キノコと豚は忙しい。

 さっきうっかりフゴさんのおっぱい触ったばっかりに反撃されているキノコさん。


 そこに加わるのは象たち。

 彼らは絶えず提供され続ける性的興奮により、この戦場で最もみなぎっている。


 牙を伸ばして、次々に発射する。

 魔力をである。色は黄色いので、誤解なきように願いたい。


「これでは、私などもはや参戦できそうにないな……。無念だ……」

「私もです! ジオ殿! 目が忙しい!!」


「君はせめて帯を撃ち落としてくれんか、ソフィアくん……」

「片手間でよろしければ!! キマシタワー!!」


 近距離攻撃しかできない亜人たちは近づいてきた帯の無効化に徹する。

 それでも、少しずつ被害者が出る現状。

 元凶を断つしか方法はないように思われた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「師匠」

「どうやら、来るな」


 ゼステルが再び上空へと浮上して来る。

 その体は光に覆われており、花火姉さんの右手に酷似した色だった。


 剣を構え直した聖騎士師弟。


「あはは! 便利でしょう? これ! 数年前に何人かの女神の魔力を吸収しましてね! こちらは治癒の女神だったでしょうか? かなり魔力を消耗しますが、怪我が治るのです!! ところでアル? 辛そうですね?」


 アルバーノは敢えて反論する。


「必要のない気遣いだ。それも心理攻撃か? ゼステル様」

「いえ? 見たままの事実ですが? かなり頑張って戦っていたみたいですものね! まずはあなたから! 養分を頂きましょう!!」


「自分も甘く見られたものだ!!」

「いかん! アルバーノ! 避けろ! ぐぅぅっ!!」


 咄嗟に弟子を庇ったレンブラント。

 右腕の肘から先が空間に抉り取られる。


「師匠!!」

「あははは! これが心理攻撃ですよ!! 養分を吸うにも、まずは弱らせなければ!! 消滅魔法のお味はいかがですか?」


 この間にも、少しずつ弱った兵たちが帯に貫かれ、着実にエネルギーがゼステルに集まり始めていた。

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