第179話 『願いの白茸』

 榎木武光は時間にしてわずか1分程度、意識を失っていた。

 彼は夢を見ている。


 それは女神界のエルミナ執務室へやって来た際の感覚と酷似しており、彼は「ああ。私はもしかして、死にましたか?」と察した。

 ほんの少し前に右手を消し飛ばされた記憶は残っており、その際の痛みも覚えているものの、今は特に何も感じない。


 その違和感がより一層、彼を諦めへと誘う。

 体を纏う光は温かく、疲れた心と傷ついた体を癒そうとしているようでもあり、いっそ全てを預けてしまえば安らぎが待ち構えているのは間違いないかと思われた。


 が、敏腕営業マンは仕事を途中で放り出さない。


「死後の世界についての見識は浅いですが。私の記憶が確かならば、タケノコの転生者でいらっしゃったピート・ヴァルモス様とのお仕事の際、転生者は死ぬと与えられた異能の対価としてが無に帰すると伺いました。つまり、現時点で私がこのようにあれやこれやと思考を巡らせていられる事実。……死んでいませんね? と言う事は、察するにここは潜在意識化か何かでしょうか。意識を失った際の記憶に誤差がないと仮定しますと、一刻も早く戻らなければまずいですね」



 驚異的な精神力と理解力である。



 武光はとりあえず目の前の空間を殴ってみた。

 だが、手応えはない。


 それもそのはず、よく見れば右手は欠損した状態。

 エノキ社員はため息をついた。


「精神世界のような場所でも律儀に失った手を取り上げる事もないでしょうに。これが私の潜在意識だとすれば、いささか完璧主義が過ぎますね。今後の課題といたしましょう。では、左手で。ここに用はございません! ぬぅぅぅあ!!」


 振り抜いた左手が、ガラガラと世界を壊す。

 榎木武光は戻る。


 再び、グラストルバニアの地へ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 状況は変化していなかった。

 1分どころか、さらに短い時間の失神だったのだと目を開いた武光は理解する。


「おお。キノコ男殿! これもキノコの力か!!」

「はて。キノコですか? 右手はもう……。おや」


 武光は自分の体を覆う白い光に気付き、視線を下に向けると。

 白いキノコが2本生えていた。

 自分の乳首から。


「なるほど」


 彼は1度だけ大きく息を吐き、自分の足にすがりついて「ぴぃぃぃぃ!!」と泣いているエルミナさんを抱き寄せた。


「たけ、たけみちゅしゃん!! 良かったですよぉー!! 死んじゃったかと思ったじゃないですかぁー!! なんですかぁ? おっぱい揉みますぅ? はい、どうぞぉ!」

「……そぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!」



「ふぎゃあ!! えっ? えええっ!? 今の流れでどうしてビンタされるんですかぁ!?」

「あなた。私の体に何かしましたね? どうして両胸の突起からキノコが生えているのですか。私にも我慢の限界と言うものがございますが? そして、慣れない左手での乳ビンタも意外とイケました」



 エルミナさんは胸を押さえて抗議をする。


「ち、違いますよぉ! わたし何もしてないですぅ! 武光さんが心配で! 思わず抱きついてみたら、なんか光ってぇ! あとはキノコ生えて来ましたぁ! ……ぴゃ? わたしのせいですかぁ?」

「はぁ。もう結構です。とりあえず、食べますか」


 エノキ社員は乳首からキノコを収穫して、そのまま口に放り込んだ。

 モグモグと咀嚼する様子を見て、レンブラント・フォルザがドン引きする。


「貴殿は何と言うか。見ているだけの私が不安になるほどに思い切りが良いと評すれば良いか。いや、言ってしまおう。後生だ。……精神構造がおかしいのか?」

「とんでもありません。私は常に最善と思う方法を選んでいるだけです。なかなか美味でしたね」


 「最善」と言いながら、乳首産の白いキノコをモグモグ食べるキノコ男。

 「私とは立っている次元が違う」と最強の聖騎士の心をへし折る事に成功。


 武光は立ち上がった。


「効果が分かりませんね。ですが、まだ可能性があるのでしたらこうするのがベター。転がったままトドメを刺されては堪りません」


 目の前にはゼステル。

 消滅魔法の仕上げ作業を続けながら、武光の復活を待っていた。


「あははははっ! まだ起き上がりますか!! そうでなくては!!」

「ええ。僭越ながら、私が最後の戦士のようですので。取引先と徹夜の飲み会で、唯一私だけが潰れなかった夜を思い出します」


 そんな武光の元に、バーリッシュのそこかしこから光の塊が飛来してきた。

 魔力でもエネルギーでもない、何かが。


 彼に生えて来た白いキノコ。

 名前は『願いの白茸』と言う。


 エルミナさんが転生者に唯一継承する事の出来る固有のキノコ。

 その条件は「転生者を自分の身よりも大事に思う事」であった。


 なるほど。

 これまで先っぽすら生えてこなかったはずである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 武光の体にいくつかの光が吸い込まれた。

 彼は感覚で理解する。


「これは……。エルミナ団のメンバーの力ですね。なるほど。まさか、土壇場でこのような能力を授かるとは……。私は幸運なのか。いや、エルミナさんが実は有能だったおかげかもしれません。口に出すと図に乗られるので言いませんが。はぁぁぁぁ!!」


 武光が左手をゼステルに向け力を込めると、紅蓮の炎が噴き出した。

 見紛うことなく、ジオ・バッテルグリフの魔法剣である。


「な、なんですか!? 今度は一体!! また訳の分からないものを!?」

「どうやら、私が転生して来た理由。役割はこの時のためだったようです。まだ続きますよ!」


 続けて巨大な氷柱が何発も撃ちこまれる。

 ステラさんの氷結魔法。

 だが、その威力はオリジナルよりはるかに勝る。


「皆様からお力を借り受けて、増幅した上で発現できるようですね。まるでこの場にいらっしゃる皆様の願いが1つになったようです」


 武光は白茸の名前を知らない。

 だが、『願いの白茸』の本質を既に完全に把握していた。


 次々に光がエノキ社員の体に届く。


「ふざけた力です!! あまり面白くありませんね!! 消滅の雨を味わいなさい!!」


 上空からいくつもの消滅球が降り注いだ。

 武光は左腕を巨大化させる。

 ウェアタイガーの腕。『剛腕バニシュ』である。


「はぁぁぁ! せぇぇい!! そぉぉぉい!! 片手では少しばかり不便ですね! おや?」


 武光の右手が生えて来た。

 どうやら、花火姉さんの『癒しの御手ヒーリングハンド』もちゃんと届いていた様子。



 ガチクズ破天荒姉さんが実はしっかりと勝利を願っていたと言う衝撃。



「両手で同時に『剛腕バニシュ』が使えるとは! これは爽快ですね! レンブラント様! うちのエルミナさんをお願いいたします!!」

「心得た! 存分に戦われると良い!!」


「武光さん! 頑張ってください!! 戦いが終わったら! 好きなだけおっぱい揉んでもいいですよぉ!!」

「いえ。結構です」



「ガーン!! クライマックスでも断れましたけどぉ!? なんなんですかぁ、あの人!? この世界におっぱい嫌いな男子っているんですかぁ!? ねぇ! レンブラントさん!!」

「い、いや、私に聞かれてもだな……。ああ、そのような顔をしないでください。わ、分かった。私は好きだ。これでよろしいか?」



 最強の聖騎士の立ち位置を不安定にして、降り注ぐ消滅球を全て捌き切ったエノキ社員。

 次なる力を発現する。


「ぬぅぅぅぅりゃ!」


 パスンと音がして、鉛筆のような象の牙が出て引っ込んだ。

 これはガネーシャの『牙閃光ディラマンモス』だが、力の根源が性欲なので武光とは合わなかった模様。


「なかなか万能とはいきませんか。では、こちらを!!」


 ソフィアさんの『真空一刀エアスライド』を手刀で放つ武光。

 「レンブラント様から短刀をお借りしておりました」と気付き、さらにもう一撃。


 十字の斬撃がゼステルを襲う。

 彼女は両手を広げて魔力の防壁を作るが。


「ぎぃぃっ!! この私に……!! 傷を……!!」


 武光の攻撃が初めてダメージとしてゼステルに届く。

 この戦いでゼステルが傷を負ったのは魔力フルチャージ状態のレンブラントが一太刀のみ。


 それが、武光の一撃はゼステルの左腕を大きく切り裂く。

 戦いは終局へ。


 キノコと愉悦。

 頂上決戦。


 なお、未だ武光の片方の乳首には白茸が力強く生えており、「こいつ愉悦の部分でも既にリードしてないか」との声も聞こえてくるようであった。

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