第180話 最終決戦で「実は私、先ほどから気付いていました」と思わせぶりな事を言い始める人はもう絶対に死なないので、皆さん諦めてください ~死ななかったマザー~

 榎木武光の発現した『願いの白茸』は絶大な力を発揮していた。


 バーリッシュ全体がすっぽりと収まるほど巨大な効果範囲。

 そこにいる「思いを同じくする者」の能力を借り受け、増幅したのち適切な方法で繰り出せる。


 さらに現時点で何か武光に負荷がかかる、例えば「驚異的な力であるため代償にその命を燃やす」ようなリスクが発生している様子も見られない。

 彼は次々に仲間たちの、あるいは敵だった者たちの能力でゼステルを追い詰める。


「ふっ、ふふ、あははは!! なんでしょうかね、この展開は!! これは愉快です!! こんなつまらない結末を私に選択させるなんて!! とても愉快ですよ!!」


 追い詰められた鼠は猫を噛むらしいが、では猛獣を追い詰めるとどうなるのか。

 そもそも追い詰められる機会のない強い生物を猛獣と呼ぶのでサンプルが極めて少ない議論である。


 唯一の例となる眼前に浮かぶ傷ついた女神はと言えば。

 実にシンプルだった。


 思えばゼステルは搦め手を用いているようで、やっている事を突き詰めると全て単純なものに帰結する。

 愉しさを追求した結果、「今の世界は楽しくならない」と見切りをつけて消滅させる方針を定めた彼女だが、どこかで愉しみに出会っていればこうはならなかったのではないか。


 事実、蒼雲の聖騎士レンブラント・フォルザと共に帝国の治世に勤めた数十年間、彼女はグラストルバニアを消し去ろうとはしなかった。

 腐敗した帝国を面白半分、いや面白全部で転がすことはあっても、全てを無に帰すると言う選択だけは取らなかった。


 武光は手からタケノコを生やした。

 プリモさんの「女神の魔力を測るタケノコ」である。


「うああー!! 武光さんがぁ!! タケノコ出してますけどぉー!? これは明確な浮気ですよぉ! 浮気ぃ!! なんでプリモのタケノコ出しちゃうんですかぁ!? わたしのキノコと言うものがありながらぁ!! プリモは別にわがままボディじゃ……はっ!! ふ、太もも! 太ももですかぁ!? 確かに! あの子、妙に太ももだけむっちりしてますもん!! 武光さん、太ももフェチだったんですかぁ!? わ、わたしだって! 太ももプリプリですよぉ!? ほらぁ! 見てください! ほらぁ!!」



「レンブラント様。エルミナさんの乳を思い切り引っ叩いて頂けませんか?」

「キノコ男殿。あなたはあまりにも無茶を言う。女神様の御身を叩くと言う発想が私には理解できぬゆえ、それは承服しかねる」



 武光は「残念です」と答えたのちに「エルミナさん」と声をかけた。

 そのキノコさんは、革で作られたショートパンツを頑張って捲り太ももアピールに必死。


「はい!! 見てください! ムチムチよりもプリプリです!! この弾力ぅ!! ほらぁ!!」

「のちほど、乳ビンタから太ももツッパリのコースを差し上げます。お楽しみに」



「ぴゃっ!?」

「エルミナ様がなにゆえ意外そうな表情をするのかも私には分からぬ。世界は広く深いようだ……」



 レンブラントを混迷の谷に突き落とした後で、武光はタケノコの反応を見た。


 色が変わらない。


 女神の魔力に反応するはずなのに、ゼステルに対してタケノコさんがシカト決め込んでいる。

 それを見て推測が確信に変わった敏腕営業マン。


「ゼステル様。あなた、延命不可な状況。有体に申し上げますと、寿命を迎えられようとしておられますか?」

「……ふふふっ。本当に面白い人ですね!! そうだとしたらどうだと言うのです?」


「いえ。自暴自棄になられるお気持ちも理解できるなと愚考した次第です。とは言え、暴挙の理由が分かったとしても人の命を奪う正当な理由とはなり得ません。お覚悟を」

「あはははは!! もうよく分からないのですよ! 何をしていれば愉しかったのか! 私はこれまで、愉しんできたのか!! 分からないのです! だから! 最期に確かめるのですよ!!」


 ゼステルは上空に留めていた巨大消滅球をグッと手繰り寄せた。

 ゆっくりと直径何百メートルあるのかも判然としない凶星が降下を始める。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 上空の声をしっかりと拾っている女神チーム。

 ベルがババア、失礼、マザーに詰め寄った。


「おい、ババア! なんでゼステルは寿命なんだよ!? あたしらだってババアとリンク切れてるのに、普通に生きてんじゃんか!!」


 ババアは答える。


「おかしいと思っていたのです。ゼステルは……。私が創り出した娘ではありません。魔力球による制御でそう思わされていたようです。彼女は女神界の長き歴史が流れる過程で生まれた歪。淀んだ邪気が体現してしまった存在なのでしょう。つまり、元から限りある命だったという事。女神界の成り立ちは古来、私の先代にも」



「うるせぇ! ここで昔話始めんなよ、ババア!! んな事、誰も興味ねぇんだよ!!」

「ええ……。そんなことはないですよ……。ねぇ。皆さ……あれ? 皆さん、誰一人同意していませんね?」



 代わりにフゴリーヌさんがババアの言葉を引き取る。

 失礼。引き取ったふりをして、放り投げた。


「マザーの話はどうでもいいけどねー」

「ど、どうでも良くはないですよね!? トールメイ!? プリモ!? ああ! この場で象しか私を見ていない!!」


「ゼステルはさー。多分、私たちのために女神の魔力を使ってくれてたせいで、自分を維持する力が減るスピードを加速させちゃったんだと思う。だって、ゼステルは元から魔力で延命できなかったんでしょー? 使えば使うほど、減っちゃうよね。生体エネルギー」

「マジかよ。なんだよ、あいつ。なんであたしらに?」


「気まぐれではないでしょうか? 私によって消されそうになったという境遇。それは、自分の出自を理解して孤独だったゼステルにとって、唯一の共通項。繋がりなのです。あなた方は。ええ。そうなのです。はい。皆さん、顔が怖いですが? お母さん、変なこと言いました?」


 ベルさんが「そうか!」と手を叩いてから、叫んだ。



「あたしら消そうとしてたババアが言うなよ!! ババア! 殺人未遂で共通の繋がりが出来ました! とかな、いい話風なこと言っても、もーどうしようもねぇからな!?」

「ひぃっ!! だって仕方ないじゃないですか! 私だって操られていたんですよ!? あ。ごめんなさい。もう私、魔力ないので。ベル? その手を下ろしてくれませんか? それを撃たれると、お母さん、本当に死にますよ? ガチのマジですよ?」



 ババアは許されない。

 だが、女神たちにもやるべき事が明瞭に見えたようだった。


「では、先達のお二人。あちらに飛んで、あろう事かふざけた場所から白いキノコを生やしているド腐れ営業マンがおります。あやつに我らの能力も貸し与えましょう。……舌を嚙みちぎりたいほど不服ですが!! ゼステルの暴走を止め、せめて最期に声をかけてあげられるのが良いかと。許されざる事ばかりをしてきた者ですが、先達を救っていたのもまた事実」

「はい! トールメイ様の言う通りですね! ちなみに私! もうとっくに能力を武光さんに使われてしまったので! 見せ場がありません!!」


 プリモさんは直情型の女神様なので、「あ! このノリは私! お先に行かせて頂きます!!」とフライングスタートをかましていた。

 女神アイドルプロジェクトでも割とすぐに乳や太ももを出していた彼女である。

 タケノコだってすぐに出していくスタイル。


「そうだねー。まずはエノキくんに頑張ってもらおー! とあー!!」

「あたしはゼステルぶん殴らねぇと我慢できない欲求が沸き上がって来た!! これは多分、役に立つだろ!! おらぁ!!」


「思い出すのは数々の辱めの歴史。何かの間違いであやつも全裸になればいいのに! 雷の力を貸与する過程で! 全裸になれば良いのに!! 受け取れ、エノキ!! スーツ、爆散しろ!!」

「……あ。私もやった方が良いですか? で、ですよね! 魔力はなくても、能力は貸与できますものね! 最初からするつもりでしたよ!? 皆さん、どうして先ほどから私を見る目が冷たいのですか? お母さんですよ、私? あ。ごめんなさい。送ります、送ります!」


 女神たちからの力が送られ、榎木武光の体の光がさらに強まる。

 上空から迫る巨大消滅球は着実に巨大化して、グラストルバニアへと襲い掛かろうと熱を持つ。


 いよいよ最後の攻防が始まろうとしていた。

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