第110話 ラジルーニ地方、独立するってよ!! ~指導者エルミナさん、爆誕~

 考えてみれば、至極自然な流れなのである。


 悪名轟くキノコ男。

 彼が帝国軍の標的になるには充分な理由とこれまでの実績が揃っている。


 しかし、それだけでは弱い。


 武光自身も言ったが、彼はそもそもこの世界の人間ではない。

 つまり、出自不明の者が突然「私が今日からあなた方の敵です」と言い張っても、帝国の上層部を納得させられるとは思えないのだ。


 腐敗している政治体制に正しい認識能力を求めることが既にナンセンスだが、恐らく彼らは最初こそ「キノコ男を消せ!」と躍起になるだろうが、自然と代理総督のジオや、聖騎士のソフィアに標的がシフトするであろう事は想像に難くない。


 聖騎士のネームバリューは帝国領において絶大。

 その聖騎士が反旗を翻すと言う事実だけで、帝国を揺るがすほどの衝撃となり得る。


 そんなわけで、出番がやって来るのがエルミナさん。


 聖騎士よりもネームバリューがあり、なおかつ「これは無視できない!」と多くの者に危機感を覚えさせる事ができるのは、下界の生物の上位存在である女神のみ。

 指導者として「女神が降臨した」と言う事実を流布するだけで、帝国の敵意は全て、キノコの女神とその使徒であるキノコ男に向くだろう。


 敏腕営業マンがせっせと温めていた緊急事態マニュアルがここで真価を発揮する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 もはや議論の余地がなくなったため、武光は話をもう一歩未来へと進める。


「ジオ様。賢しげにお考えを見透かすようなご無礼を重ねてお詫びいたします。ですが、今は緊急時。ご無礼を承知で、話は急ピッチで進めるべきかと」

「……そうだな。エノキ殿には全てが見えているようだ。お任せしよう」


 武光とジオが訳知り顔で頷く。

 当然だが、エルミナ団の乙女たちも説明を求める権利を有している。


「ねね、リンちゃん! どーゆうことー? リンちゃんなら分かるー?」

「あいさー。武光ー。ボクが言ってもいいさー?」


 武光は有能な少女に対して柔和な笑顔で「お願いいたします」と告げた。

 リンはもう一度「あいさー」と返事をして、ゆっくりと喋り始める。


「ヴァルゴ帝国はおっきな勢力さー。普通に戦ったら、ラジルーニ地方なんてすぐに地図から消えてしまうさー。けど、ボクたちには不幸中の幸いがあるさー。ラジルーニ地方の立地関係さー。ここは帝国領の北西の端っこさー。北には山脈があるし、西へ行けば海があるさー。つまり、攻め込んでくる軍勢がどんなに多くても、その入り口は限られるのさー」


 ステラが「なるほどですわ!!」と膝を打つ。


「要するに、帝国の野郎どもが攻めて来るには、東回りの街道ルートか、南の森を通過するしかないってことですわね! 大軍をもって一気殲滅は不可能ってことですわ!! すげぇラッキーじゃねぇですの!!」

「あいさー。さすがステラさー。それに加えて、ラジルーニ地方は食料自給率が高いのさー。ウェアタイガーさんたちにバンバン支援しても余裕があるほどなのさー。仮に籠城戦になったとしても、数年は余裕で自活できるのさー」


「そっかぁー! ご飯もあるし、お水もあるしー! あと、バーリッシュで色々作れるもんねー!!」

「うむ。薬草も豊富じゃしな。当面、衣食住に困ることはないのじゃ」


 リンは「みんなとっても優秀さー」と小さな手でパチパチ拍手する。

 この時折見せる可愛らしい動きがアクセントになって、彼女の話に人々は耳を傾けるのである。


 「さすがですね。素晴らしい才能です」と武光も満足気。


「つまりさー。ボクたちの取るべき方策は実質1つだけなのさー」


 結論の前に、ソフィアが小さな話術使いに気遣いを見せる。

 彼女はグラスに水を汲んで来ており、それをリンに手渡した。


「それだけ喋れば喉が渇くだろう。持って来てやったぞ! リン!!」

「ソフィアは優しいさー。遠慮なく頂くさー。んむ、んむ、ぷはー!! おいしーさー!!」


 そしてリンさんは「あはははっ!」と可愛らしい声で豪快に笑い、体操服をとりあえず脱ぎ捨てた。

 武光は悟った。その表情はとても哀しげだったと言う。


「ソフィアさん……。まさか、それはお酒ですか?」

「ああ! エルミナ様の気付にと思ってな! だが、酒と言ってもかなり薄いぞ?」



「ふぃー! いい気分さー!! 熱くなってきたさー!! んー? いつの間にか下着姿さー。よし、じゃあ下着も脱ぐさー!!」

「ステラさん!! リンさんを止めてください!! お願いします!! 私は優秀な後輩を失いたくないのです!! 貴重な営業職が……!! この重要な局面で……!!!」



 いつになく悲痛な叫びを上げる武光。

 「か、かしこまりですわ!!」と慌ててステラがリンを捕まえた。


「あはははっ! ステラに捕まったさー! ステラも暑そうさー! 装備を脱がしてあげるさー!!」

「ふにゃぁぁぁっ!? ちょ、おヤメになりやがれですわ!! ぐぅぅっ! 迷わず胸のプレートから……!! そこはかとなく漂う畜生キノコの香り……!! リンさん、お気を確かにですわよ! 毒の胞子に負けてはダメですわ!!」


 ステラの腕力が勝っていたおかげで、大惨事は回避した。

 ボクっ子が下着姿になっているのは大惨事ではないのかと聞かれると、答えに困るのでその質問はご遠慮いただきたい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 武光は少しやつれた顔で、ジオに許可を求めた。


「結論を……申し上げてもよろしいでしょうか……」

「あ、ああ。しかしね、エノキ殿。君の体調がバーリッシュの行く末と同じくらい心配なのだが」


 武光は「ご心配は……無用です……」と言ったのち、力を振り絞って宣言する。


「私どもはこれより! ヴァルゴ帝国からの独立を宣言します!! ラジルーニ地方は既に全ての種族が提携済みの共和国体制を確立しておりますので! 私どもは独立国家として活動をいたします!!」


 事務職員や医師、ついでに魔族たちもざわついた。

 不安に思うのは当然だろうと武光も彼らの感情を慮る。


「僭越ながら、組織の名前はこちらで決めさせて頂きました! 我らが掲げる旗印はキノコ!! これよりラジルーニ地方は、『エルミナ連邦』として生まれ変わります!!」


 なんだか名前を呼ばれた気がして、目を覚ましたエルミナさん。

 隣に控えていたソフィアに抱きかかえられる


「うぇぇ? なんだかわたし、呼ばれましたかぁ?」

「エルミナ様! お喜びください!! あなた様の名を冠した新しい国家が今、この瞬間! 産声をあげました!!」


 エルミナさんのキノコ脳がフル回転する。

 割と優秀な働きを見せるキノコ脳。


「た、たた、たけみちゅしゃん!? あ、あのぉ? わたしの名前が付くってことはですよぉ? わたしのこと……。帝国さんが真っ先に狙いませんかぁ!?」

「おはようございます。エルミナさん。起き抜けにしては素晴らしい理解力です。お察しの通り、これから狙われるのは私とあなたです。頑張って参りましょう。グラストルバニア平定のために!」


 エルミナさんは「ふ、ふぎゅぅぅぅぅぅっ」と言って、再び倒れた。

 承認欲求の権化であり、常に人々から崇め奉られたいと言い続けていた女神様。


 だが、これはちょっと求めていたものとは違ったらしい。


 ジオはエルミナを不憫に思い、「起きられたら、まずはお酒を差し上げよう」と精一杯の心遣いを示すことにしたと言う。

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