第12話 キノコ男の名は、手始めに魔族の間をフルスロットル

 右腕を失ったギダルガルは自分の住処へと、息も絶え絶えながらどうにか帰還せしめる。


 魔境・インダマスカ。


 ギダルガルをはじめ、魔族の正道である魔王軍への従属を嫌ったはぐれ者たちが集まる土地であり、約20人の魔族が住居を構えている。

 インダマスカの中でも上位の強さを持つギダルガルが手負いで帰って来た事は、驚きをもって受け止められた。


「ひっひ! どうした、ギダルガル! 腕が足りないじゃないか!」

「まさか、魔王軍と一戦交えたんじゃあるまいな? 勘弁してくれ。こっちにまで火の粉がかかってくるじゃねぇか」

「いや、それは帝国軍にやられたと見るね。大方、聖騎士にでも出くわしたのだろう」


 傷口を手刀で切り落とし、止血しながらギダルガルは答えた。


「キノコ男だ。キノコ男にやられた」


 聞いたこともない名前に、一同はさらに戸惑う。


 キノコは知っている。魔族も食べる菌類である。

 男も知っている。生物を二分した片割れであり、魔族にも性別はある。


 だが、キノコ男とは。


 言葉の意味が理解できない。

 魔族仲間の何人かは「他種族の特殊な言葉では?」と考え、またある者は「どこかの土地神の名前だろう」と納得する。


 だが、ギダルガルは語った。

 キノコ男がどれほど恐ろしい存在かを。


「……まあ、今話した通りだ。信じるかどうかはてめぇら次第だがよ。悪い事は言わねぇ。今は東の山奥にある村には近づくな。この中の8割は死ぬぜ?」

「マジで言ってんのか。……いや、まあ、お前が片腕を失うなんて事が実際に起きているのは、認めざるを得んか」


 一本角の魔族が怯えながら確認する。


「そ、そのキノコ男は、好戦的なのか? 例えば、聖騎士みたいにさ。我ら魔族を見たら問答無用で襲ってくるのか?」

「いや……。それなりに会話をしたが、理性的で慎重な性格だとオレぁ感じたぜ。とりあえず、こっちからちょっかい出さなきゃいきなり殺されりゃしねぇよ。……多分な」


「多分ってなんだよぉ! ヤメろよ! 怖くて人間食えねぇじゃんかよぉ!!」

「まあ、しばらくはおとなしくしとくんだな。その辺の牛やら鶏でも捕まえて食ってろ。……キノコ男はオレがぶっ殺す。傷が癒えたら、力をつけて今度はぜってぇ負けねぇ。いいか、お前ら。オレの許可なしにキノコ男に手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 インダマスカの魔族たちのほとんど全員は「お、おう」と応じた。

 ギダルガルの目が手酷くやられたにも関わらず輝いて見え、「キノコ男はもちろん、ギダルガルにも当分は関わりたくないな」と意見が一致したからである。


 榎木武光の意に反して、キノコ男の名が魔族の間で広がり始めていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、ヘルケ村では。


「ああ。すみませんでした。もう、かなり良くなりましたので。ご心配をおかけして申し訳ありません」


 武光が胃もたれから復活していた。

 最強無敵のキノコ男に早速、致命的な欠陥が見つかったのは既知の通り。


「ねね、武光! あのキノコって美味しくないの?」

「いえ。不味いとまでは言いませんが。しかし、何と言うか……。2個目を食べた辺りから既に胃が悪く、3つ同時に食べた後は胸やけでまともに会話すらできない状況でした」


「つまり、武光様の必殺技はご自身を傷つけちまう諸刃の剣と言う事ですわね。おいたわしや!! わたくしが抱擁で慰めて差し上げてもよろしくてよ!?」

「ああ、結構です。お気持ちだけ頂いておきます」


 ステラは「難攻不落ですわ……。ぐへへ」と笑い、何故かよだれを拭いた。

 ご令嬢の属性が既に破壊されようとしている。

 せめてもう少し耐えてほしい。


 なお、深刻な顔をしているのは武光だけではなかった。


「うぅ……。何と言うか、わたしが与えた力なのに、わたしがそれを全然知らないのが申し訳ないです。非常食になる異能だとばかり思っていたもので……」

「エルミナさんは『キノコ』の力を先代の女神様から継承したと言うお話でしたね? その先代は今どこにいらっしゃるのですか?」


「分かりません……。いつの間にか、フラッと出かけて行ったと思ったら帰ってこなくなりました。もう6年も前の事です。どこで何をしているのかは、見当もつきません」

「なるほど。しかし、エルミナさんが気に病まれる事はありません。私はこの『キノコ』の力を割と気に入っております。どうにか、制御する方法を考えなければなりませんが。先刻のお客様よりもお強い方がいらっしゃった時に、対応に苦慮するのは目に見えていますからね」


 エルミナは「女神界に帰ることが出来れば……」と悔しがる。

 武光は爽やかに笑って言った。



「こればっかりはどうしようもありませんね!」

「あなたが半分は原因だということを忘れないでくださいね!? なんだか、その営業スマイルに腹が立つようになってきました!!」



 ひとまず、ミシャナ族の占星術師ビアンカばあさんの予知は未然に防ぐことが出来た。

 だが、課題がいくつも見つかった。


 武光のキノコと胃腸の問題も非常に深刻だが、もう一点。


「あたしも、ドカーンって魔法使いたいなー!! ねね、ステラちゃん、ドカーンってヤツ教えて!!」

「とんでもなくほんわかな注文してきやがりますわね!? わたくしだって、武光様とのレベルの違いに少しばかりショックを受けていますのよ」


「わたしは何もしませんでした。ごめんなさい! そしてこれからも何もしません。ごめんなさい!!」


 エルミナ団の榎木武光以外の戦力の低さである。

 辛うじて戦えそうなのは、ステラのみ。


 これはかなり心もとない。

 敏腕営業マンが社内の改革のために腕を振るう時。

 その足音がすぐそこまで近づいていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その晩、武光は自宅のベッドで天井を見上げて考えていた。


「武光ー? どしたの? 眠れないの?」

「これはルーナさん。時々あなたは実に鋭い嗅覚を発揮しますね」


「へっへー! なんだかよく分かんないけど、褒められた!!」

「ええ。素晴らしい才能だと思いますよ」


「才能か……。才能。むむー」


 ルーナは彼女らしくなく、少し口ごもる。

 武光は何も言わず、彼女の次の言葉を待った。


 それは、敏腕営業マンが予想していた7パターンのどれとも違うもので、榎木武光を驚かせる事に成功する。

 異世界に転生しても平然としていた鋼のメンタルの持ち主を相手に、ルーナもなかなかやるものである。


「あのさ! 武光にお願いがあるの!」

「はい。私にできる事ならば。まずはオファーを伺いましょう」



「武光のキノコ! あたしにも食べさせて!!」

「……っ! これは、想定外でした。なるほど。そう来ましたか」



 ルーナの決意のこもった言葉に、武光の心も動かされた。

 彼が「明日、試してみましょうか。今日はもう寝るべきですよ」と答えると、ルーナは無邪気に「へへっ! やたっ!」とはにかんだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 なお、実は起きていたエルミナ様。

 ルーナの決意のセリフを聞いた瞬間、彼女は思った。秒で思った。



 「な、なんか! 同居人が2人してやらしい会話してるんですけどぉ!?」と。



 下界に落ちて来た女神様は、日増しに深いところまで堕ち続けているのだった。




~~~~~~~~~

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