第13話 ルーナさん、キノコを食べる

 翌日。

 緑色の太陽が昇る頃には、張り切っているルーナに起こされた武光。


 なんだか色々妄想しているうちに興奮して眠れなかったエルミナも「ふぁぁ」と白々しいあくびをして「早いですねぇ、2人とも」と挨拶をした。


「やれやれ。普段はいくら起こしてもお昼前まで寝続けるルーナさんが、まさか私を起こしてくださるとは。これは吉兆でしょうか。それとも凶兆でしょうか」

「だって、だってー! 楽しみで寝てなんていられないよっ!!」


 3人で食卓を囲み、朝ごはんを食べるのがエルミナ団の習わし。

 なお、ステラ嬢はエノキ邸に行く前に身なりを完璧に整え、ついでに方向音痴を発揮して迷ったりするので4日に一度の頻度でしか参加できない。


 今日はダメな日であった。


「あ、あの……。ルーナさんは覚悟があるのですね?」

「ほへ? 覚悟ってなにー?」


「た、武光さんの……。その! た、逞しいキノコを頬張る覚悟が……!!」

「あれれ? エルミナ様、知ってたの? うんっ! もうね、キノコ食べたくて仕方ないのっ!!」


 エルミナが「ぼふぉ」と言って、ミルクを噴き出した。

 女神様の汚れていく速度がどんどん上がっていく。


 武光が呆れた顔で苦言を呈する。


「エルミナさん。大きな誤解をされているようですが。私があなたから授かった異能の『キノコ』を、他者に提供できるのかを実験する、と言う意味ですよ」



「え゛っ!? ぶべぇ!?」

「ショックなのは分かりましたから、わざわざミルクを口に含んでリアクションを取るのはご遠慮いただけますか。服がベタベタですよ。誰が洗濯をすると思っているのですか」



 それからエルミナは自戒の念に苛まれ、女神界のマザーに懺悔した。

 ちなみに、マザーとは女神たちを束ねるリーダーの名称であり、ほぼ全ての女神はマザーが生み出しているため名実ともに母の事を指す。


「でもさ、武光! 君のキノコって、あのすっごい火炎魔法のヤツだよね? あたしも使っていいの? キャラ被らない? 美少女が使った方が目立っちゃうよ?」

「ご心配頂きありがとうございます。その件に関しては、昨晩のうちに用意しておきました。どうやら、『キノコ』の力は強いイメージによって発現するようでして」


 そこまで言うと、武光は手のひらを広げて力を込めた。

 ポコッと音がして、これまでにない色のキノコが生えてくる。


「ほわっ! 黄色いキノコだ!! 武光、赤と緑以外も出せたの!?」

「日が昇るまでに2時間ほど試行錯誤をしたところ、出せるようになりました」


 エルミナが驚いた表情でそっと呟く。


「キノコって、そんな気合ひとつで色んな種類が生えてくるんですか……」

「エルミナさん。この件に関してはもう良いですが、今後はしっかりと情報を把握したうえでサービスを提供してください。あなたは我が社の代表ですので」


 ちょっと強めに怒られたエルミナは「はい……」と素直に反省した。


 朝食を終えると、いよいよ実験の時間がやって来る。

 表からは「武光様ぁ! あなたのステラが参りやがりましたわよ!!」と声がする。


「メンバーも揃いましたし、実験を行いましょうか。ルーナさん、準備はよろしいですか?」

「うんっ! 君のこと信じてるから! 平気だよっ!!」


 武光は「そうですか」と柔和に微笑み、家の外へと向かうのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 事情を聞いたステラがまず抗議の声を上げた。


「わたくしも食べたいですわ! 武光様のキノコ!! ご立派なキノコを食べたいですわ!! キノコ出してくれやがれですわ! キノコ!! キノコ、キノコ!!」

「ああ。マザー。わたしにはどうしても彼女たちの言葉がやらしい隠語にしか聞こえません。これは罪でしょうか……」


 恐らく罪である。

 エルミナ様には猛省して頂きたい。


 武光がステラに対して「残念ですが、ステラさんよりもルーナさんの方が適していると思われます」と説明を始めた。

 彼は、転生前に召喚された女神界のエルミナ執務室で読み漁った資料の内容を嚙み砕いて乙女たちにレクチャーする。


「ます、この異能ですが。『キノコ』に限らず、多くの異能は与えられる者が魔力を持っている場合、反発する確率が高くなるそうです。つまり、ステラさんは立派に魔法が使える事を鑑みると、反発のリスクが大きいかと」

「反発、ですの? それは例えばどのようになりやがりますの?」


「個人差が大きいようですが、酷い場合ですと肉体にダメージが及ぶと記載されておりました。この点は、ルーナさんにも微細ながら魔力があるようなので1番の懸案事項なのですが」

「平気だもんっ! あたし、体は丈夫にできてるから! 風邪引いたこともないんだよっ!!」


 エア力こぶを作って「むーんっ!」と張り切るルーナを見て、武光は「本人の意思が固いため、その心意気に託してみようかと愚考した次第です」と続けた。


「いつも慎重な武光様にしては、珍しい積極的な采配ですわね」

「最低限のリスクヘッジは備えております。私の出すキノコは、どうやら私の意思で消すことができるようなので、万が一の際にはすぐに消滅させれば被害は最小限で済むかと考えました」


 エルミナは「そうだったのですか」と感心しながら、自分が授けた異能についてメモを取っている。

 話すべきことを語り尽くした武光は、黄色いキノコをルーナに差し出す。


「私は既に夜のうちに実食済みですので、効果は知っております。では、どうぞ」

「はーい! いただきまーす!! あむっ!」



「まったく躊躇せずに食べやがりましたわね……ルーナさん……。ミシャナ族の戦士のメンタルってすごいですわ……」

「ホントですね。わたしは絶対に食べたくないです」



 ルーナの勇気に軽く引いているステラとエルミナ。

 「意外とおいしー!!」と言ってぴょんぴょん飛び跳ねていた少女に変化が現れたのは、数十秒ののちだった。


 彼女が突然、大ジャンプを見せる。

 垂直に約3メートルは飛び上がったルーナを見て、乙女たちは当然驚いた。


「ほわー! すごーい!! なんか体から力がどんどん溢れてくるよ!!」

「やれやれ。どうやら成功のようですね。安心いたしました」


 緊張した面持ちで見守っていた武光の肩の力が抜ける。

 エルミナが「そのキノコの効果は肉体強化ですか?」と彼に質問した。


「はい。そのようです。『強化の黄茸ストレングス』と名付けました。これで、ルーナさんは文字通り戦士としての役割を果たせるようになったかと」

「あははっ! 見てー! ステラちゃん!! 地面に穴が空いたよー!!」


「あの、よろしくて? 武光様? そこら中にクレーターが出来ていますけれど?」

「そのようですね。ルーナさんには力の制御を学んで頂く必要がありそうです」


「ふっふふー! これであたしも武光のサポートができるー! 嬉しいなー!!」

「まあ、今日のところは好きにさせてあげましょう。持続時間は15分程度ですし。穴は後で私が埋めておきます」


 その日から、ルーナ・ミュッケルの本格的な修行がスタートした。

 武光の大学時代に在籍していた空手サークルの知識が、彼の持つ体術についての全て。


 こうして、にわか仕込みの空手マスターがエルミナ団の近接戦闘員として誕生したのである。

 時間制限あり、常にキノコを持参する必要ありと、制約はかなり多いものの。


 「戦力アップには違いありません」と言って、武光は微笑んだ。

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