第10話 魔族・ギダルガル、ヘルケ村に襲来する

 ステラ・トルガルトがヘルケ村に住まいを構えて、2週間。

 彼女は武光との同居を望むかと思いきや、意外にも少し離れた場所に家を借りた。


 なんでも「武光様と1日中同じ家に住んだら……色々とアレですわよ!!」との事である。


 2つの家は500メートルしか離れていないので、ステラでも5分ほど迷えばエノキ邸にたどり着くことが出来る。

 実に深刻な方向音痴っぷりである。


「ルーナさん! ご覧あそばしやがれですわ!! 『アイシクルランス』!!」

「ほへー! すごい! ステラちゃん、魔法上手だねっ!!」


「このくらい当然ですわ! わたくし、冒険者になるため家族の目を盗んでずっと特訓していましたのよ! おーっほっほ!!」

「あたしも負けてられないぞー!! てぇやぁぁぁぁ!! 風、起これー!!」


 気温の高い日が続いているため、ルーナの風魔法は涼を取るのに最適である。

 ステラのスカートがひらひらと揺れた。


「ま、まあ、ルーナさんはこれからですわよ! わたくしのスカートを揺らすなんて、素質はありましてよ!!」

「ホントー? そっかぁ! じゃあ、もっと頑張らないとだね!! やるぞー!!」


 ちなみに、ステラの装備もルーナのものに形状は近く、スカートとジャケットを合わせたものである。

 武光は「どうして皆さん、そのように肌を露出するのですか?」と聞いたところ、ステラが「これが帝国の冒険者のスタンダードですのよ」と胸を張って答えた。


 郷に入っては郷に従え。

 それ以降、武光はグラストルバニアの女子たちの装備を全面的に受け入れた。


「武光さん! 見てください! 村の方にあつらえてもらいました! どうです? 似合ってますか?」

「エルミナさん。あなたまでどうして短いスカートを……。あなたは女神界の住人なのですから、下界のスタンダードに合わせなくても良いでしょうに」


 エルミナは不満げに頬を膨らませた。

 スカートに膝までのブーツ。インナーに重ね着している皮のベストにはフードが付いている。


「いいじゃないですかぁー! わたしだって、可愛い装備の方がいいんです!!」

「もう女神の面影が消え始めておられますね。適応力が高いのは結構ですが、その様子だと女神界に戻れる日は遠いように思われます」


 エルミナが「ガーン!」とショックを受けていると、ガンガンドゥンが訪ねて来た。

 彼は開口一番「少し物騒な事になりそうだ」と神妙な顔をする。


 族長であり、村長でもある彼が表情を曇らせるのは守護者として捨て置けない。


「穏やかではありませんね。お話を伺いましょう」

「おう。すまねぇな、エノキ」


 武光の家の前で開かれる、緊急の会合。

 それは風雲急を告げるものだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミシャナ族には占星術師がいる。

 未来を完璧に見通すほどの力はないが、近い将来の出来事をそれなりの精度で的中させるため、彼らは長年その血を絶やすことなく継承してきた。


「当代の術師はビアンカばあさんって言うんだがな。ばあさんが、凶兆を察知したらしい」

「ずいぶんと抽象的ですね。もう少し詳しくお聞きしても?」


「ああ。ばあさんが言うには、悪しき力が村を襲うと占いで出ちまったそうだ」

「悪しき力、ですか。エルミナさん、それはどういうものでしょうか?」


 キノコと冠はつくものの、女神のエルミナ。

 ここぞとばかりに髪をかき上げて、「お答えしましょう」と張り切った。


「一般的には魔族の事を指すのではありませんこと? 少なくとも、わたくしの住んでいた地方ではそうでしたわ」

「ガーン! わたしの出番が……!! くすんっ」


 ステラは名門貴族のご令嬢。

 幼少期からハイレベルな教育を受けていたので、下手をするとエルミナよりも知識が豊富な可能性がある。


 なお、胸部も女神様に迫るボリュームがあるため、彼女が成長期である事を踏まえこの上知識の量まで負けるとなると、エルミナはスカートの丈を20センチ短くするくらいしか生き残る道がなくなる。

 オタサーの姫のピンチ。


「魔族ですか。村の文献にも出ていましたね。なんでも、人を襲うとか」

「怖いよねー! モンスターを従えちゃう魔族もいるんだよっ!」


「そうなのですか。ルーナさんも物知りですね」

「えへへー。武光に褒められちったー!」



 エルミナ様、早速追い詰められる。



「で、でで、ですが! 最近では柔和な態度を取り、人と共存しようとする魔族もいると聞きますよ!? 一概に魔族が悪だと言い切るのは良くないと思います!!」


 起死回生の一打。

 エルミナは女神らしく、道徳心と慈愛の観点から切り込んだ。


 その時である。


 ゴォンッと爆発音がしたかと思うと、すぐに地面が揺れ始める。

 「地震か!?」と狼狽えるガンガンドゥン。


 武光だけは既にこの騒動の元凶を見据えていた。


 背中には黒い翼。耳まで裂けた口からは鋭い牙が見える。

 長い腕の先にはこれまた鋭い爪が伸びており、一目で「人間ではありませんよ」と周りに伝える親切な姿をしている異形の者。


「ゲゲゲゲ! こいつぁ良いぜ! 辺境にもたまには来てみるもんだ! まだ手付かずの村がありやがった! しかも、兵隊の1人もいねぇ!! ゲゲゲゲ!!」


 現れた魔族は拳に魔力を蓄えたのち、それを力任せに地面に向かって投げる。

 再び凄まじい爆発音と地鳴りが響く。


 武光は、エルミナの目を見て聞いた。



「確認いたしますが。彼は柔和で理解のある、悪くない魔族でしょうか?」

「あの、何て言うか。ごめんなさい……」



 女神が「あれは敵です」と認定したことで、エルミナ団としての活動目標が生まれる。

 武光は号令をかけた。


「皆さん。弊社はこれより、ヘルケ村をあちらのお客様から守ります。くれぐれも怪我をしないように気を付けながら職務に当たりましょう。弊社の初仕事です」


 ルーナは「オッケー!」と張り切る。

 ステラも「武光様がそうおっしゃるのならば!!」と腰から剣を抜いた。

 エルミナは「わたし、後ろで見ててもいいですか?」と自分の力量を正確に把握する。


 武光はスーツの上着を羽織り、襟を正す。

 商談の始まりである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 榎木武光。

 彼は優れた営業マンであり、商談はもちろんクレーマーの対処にも心得があった。


 まず彼は空飛ぶ魔族に向かって丁寧に頭を下げた。

 余りにも間の抜けた行為に、魔族はしばし言葉を失う。


 よって、ファーストアタックは武光が獲得する。


「お初にお目にかかります。私、エルミナ団で営業を担当しております。榎木武光と申します。こちら、名刺でございます」


 手作りとは思えない精巧な名刺を取り出して、再度頭を下げる武光。

 魔族は「ゲゲゲゲ!!」と醜く笑った。


「なんだ、てめぇ! このオレをギダルガル様と知って、その上で話しかけてんだな?」

「いえ。お名前は初めて伺いました。では、ギダルガル様。本日はどのようなご用向きで?」


「バカか、こいつ! 殺戮と捕食のためだよ!! おめぇら、皆殺しだぁ!!」

「ご用件、承りました。他のお客様のご迷惑になりますので、申し訳ございませんが本日のところはお引き取りください」


「ゲゲゲゲ!! バカの中でも特上のバカだな! 死ね! 『メテオ・レイ』!!」


 ギダルガルが手のひらを掲げると、隕石が錬成される。

 それを躊躇なく投げつけた。


「困りましたね。では、少々手荒な対応を取らせて頂きます。『紅炎の赤茸プロミネンス』!!!」


 キノコをパクリと美味しくいただき、繰り出すは紅き火球。

 隕石と相殺して、空中で爆ぜる。


「おめぇ。何者だぁ?」

「ただの営業マンでございます。強いて言うならばキノコをよく食べます」


 静かに、だが熱気に包まれて。戦いの幕が上がった。



~~~~~~~~~

 減っていくストック!

 睡眠時間を削ればどうってことはない!!


 3話目は18時です!

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