第8話 腹ペコ冒険者の(ポンコツ)ご令嬢・ステラ

 村人が血相を変えて村の中央にあるエノキ邸に駆け込んできたのは、正午を少し過ぎた時分だった。

 彼は近くで採れる山菜を積んでいたところ、街道でモンスターに襲われている冒険者を見かけたと言う。


「オレじゃとても敵わねぇ! 若い女の子だったんだ! エノキさん、助けてやってくれよ!! ルーナ様と同じ年頃の娘が食い殺されるなんて、あんまりだ!!」

「承知いたしました。これも守護者としての契約の範囲内と判断いたします。すぐに現場へ向かいますので場所をお教え願えますか」


 そこで出番がやって来たのは、未だポンコツ戦士だが土地勘だけは売るほど持っているミシャナ族の戦士。

 ルーナさんは張り切っていた。


「その場所なら分かるよ!! あたしが案内するっ! 武光、ついて来て!!」

「了解しました。よろしくお願いします、ルーナさん」


 エルミナによって修復されたスーツの上着を持って、榎木武光が出動する。


「いってらっしゃいですー。わたしは怖いので、お留守番してますね。晩御飯までには帰ってください。わたしのお腹が空きますから」

「かしこまりました。少し家を空けます」


 なお、キノコの女神様は「モンスターとか、怖いじゃないですかぁ!!」と、断固として家から出ようとしなかった。

 既にエノキ邸に寄生完了しているエルミナさん。


 さすがはキノコを司る存在なだけのことはある。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ヘルケ村の周りにある街道は、名前こそ街道だが実際はほとんどけもの道である。

 よって、うっそうと生い茂る草木やすぐ脇に構える森の中から、活きのいいモンスターが飛び出してくる。


「武光! あそこ!!」

「これはいけませんね。……大きな蝶が。いえ、蛾ですか? それが3つも」


「モストドンだよ! 羽から毒の鱗粉をまき散らしてくるの!!」

「なるほど。ルーナさんは戦いに関してはまだまだですが、物知りで助かります」


「そう? えっへへー! 師匠に褒められちゃった!」

「ついでにお聞きしますが、あのモストドンに効果的な攻撃方法をご存じですか?」


「ふっふふー。もちろん知ってるのだ! ズバリ、火!! 武光! ウッドグランドをやっつけたあの必殺技の出番だよっ!!」

「ご指摘の通り、それが最もスマートな解決法ですね。問題は上手く再現できるかどうかですが……。考えていても詮無きことです。はぁぁっ!!」


 ポンッと音を立てて、赤いキノコがこんにちは。

 どうやら、武光はこの赤いキノコの生やし方を無自覚のままマスターしているらしかった。


「やってみるものですね。では、いただきます」


 初めての実食の時と同じように、武光の右腕が熱を持ち始める。

 それは瞬く間に炎の渦となり、スーツの袖を焼きながら燃え盛る。


「やれやれ。スーツが台無しになってしまうのが欠点ですね。さて、このキノコにも名前を付けましょうか。……ルーナさん。何か良い案はありますか?」

「ほへ? 名前かー。んー。あっ! 紅炎は? 伝説の女神様のふたつ名!!」


 武光は「素晴らしい。そうしましょう」とルーナの頭を撫でた。

 「にへへー」と照れくさそうにはにかむ元気娘。



 ところで、そろそろ冒険者の少女を助けて差し上げてはどうか。



「では、早速使わせていただきます! 『紅炎の赤茸プロミネンス』!!」


 ガォンと爆音を轟かせて、火球が巨大な蛾のモンスター・モストドンに襲い掛かった。

 ウッドグランドに比べればかなり脅威の低いモストドンは、絶命の叫びをあげる間もなく焼け落ちる。

 続けて2発火球を放ち、軽くモンスターを殲滅した武光であった。


「おおーっ! すごい、すごーい! さすが武光!!」

「恐縮です。では、人命救助と参りましょう」


 素早く倒れている少女に駆け寄って、怪我の状態を確認するものの目に見える外傷は見当たらなかった。

 ならば、毒の鱗粉の影響を受けたのかと考える武光だったが、彼の推理は外れる。


 少女は力なく呟いた。


「お、お腹が……空きやがりましたわ……」

「なるほど。ご無事で何より。ひとまず、村へお連れしましょうか」


 冒険者の少女を抱きかかえて、武光とルーナは急ぎ村へと帰還した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「はむっ、あむっ! んー! うめぇですわ!! こちらも! こちらも!! 素晴らしいですわね! どなたか、シェフを呼びやがってくださる?」


 少女を診たエルミナの見解は「この子、普通にお腹空いてるだけじゃないですか?」というものだった。

 試しに村で一番料理の上手いドージルばあさんが保存食を温めて差し出したところ、意識は回復して一心不乱に食べまくり、たった今大盛りの料理を完食したのち満足そうな表情を浮かべてる少女である。


「あたしゃ、ただ干し肉を茹でてシチューに入れただけだよ」

「まあ! そのようにお手軽な方法で!! 世の中は広いですわね!!」


 いつの間にか村人たちが集まっていた。

 ヘルケ村は辺境の集落であり、基本的に旅人の類は訪れない。

 それが、榎木武光、エルミナと続いてこの少女。


 彼女も村人たちにエンターテインメントを提供するには充分な素材だった。


「あんた、その恰好は冒険者だろ? どうしてこんな辺鄙なとこに来たんだ?」

「ええ。わたくし、駆け出しの冒険者ですの! 申し遅れちまいましたわ! ステラ・トルガルトです!」


 村人たちがざわつく。

 彼らはざわつくのが大好きである。


「トルガルトって、まさか! あの名門貴族のトルガルトかい!?」

「そうですわね。ですけど、実家とはもう関係ねぇですのよ。わたくし、18歳になったのをきっかけに家出してやりましたの!!」


「なんでまた? 貴族のご令嬢が冒険者なんかに」

「広い世界を旅するのがわたくし、夢でしたの!! なのに、家ではつまんねぇお見合いの話ばかり。冗談じゃねぇですわ! わたくし、お慕いする殿方は自分で決めます!!」


 口々に感想を言い合う村人たち。

 そこに、武光が戻って来た。


「おや。思ったよりもお元気そうで何よりです。お怪我はありませんでしたか?」

「まあ! あなたは!! わたくしのピンチに駆けつけてくれやがった紳士の方!! お礼を申し上げますわ!」


「いえ。私は自分の仕事をしただけですので」

「まあ、まあまあ! なんて慎み深い方ですの!? 気に入りましたわ! あなたにわたくしの恋人になる資格を差し上げちまいますわよ!!」



「これは恐縮です。ですが、遠慮しておきます。私、子供に手を出す趣味はありませんので」

「へっ? わ、わたくしの……こ、こいび……。うぇぇ!? 断りやがるんですの!? 慎み深すぎるのは美徳ではねぇですことよ!?」



 武光は丁寧に頭を下げて「お気持ちだけで結構です」と言うと、家に戻って行った。

 ステラは周囲の村人に「あの殿方、何者ですの!?」と問い詰めた。


「エノキさんかい? あの人はこの村の守護者さ! それに、女神の使いでもあるんだ! すごい人だよ!」

「うぐぅ……。わたくしの魅力が通じねぇなんて……ですわ……!!」


「気を悪くしないでくれ。エノキさんはストイックな人だから」

「ああ。それに紳士だから、お嬢ちゃんはまだ早いってことだな」


 ステラはプルプルと震えながら、言葉を絞り出した。



「最高ですわ!! わたくし、もうあのお方しか愛せねぇです!! たった今、恋に落ちましてよ!! よっしゃあですわ!! 求婚しまくりますわよぉ!!」

「誰か、ガンガンドゥンさんのとこに行ってくれー。また村人が増えるぞー」



 謎の多い冒険者のご令嬢がヘルケ村に住み着こうとしている。

 彼女は武光の味方となるのか。さらにポンコツが増えるのか。


 今のところ彼の周りにいる乙女たちはポンコツオンリーなので、何やら嫌な予感しかしない。

 何なら、既にステラ嬢もポンコツの片りんを見せているまである。



~~~~~~~~~

 明日も2話更新予定!

 どうぞ、お手すきの時間を埋める選択肢に拙作を!!

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