第7話 女神界に帰れなくなったキノコの(ポンコツ)女神・エルミナ

 翌日。

 緑色の太陽がゆっくりと昇ってからしばらくして、族長の家に泊まっていた武光にルーナが忍び寄る。


「そっと、そーっと……」

「ルーナさん。子供が寝込みを襲うのは感心できませんよ」


 彼女は「バレちゃったかぁー。えっへへー」と笑う。

 ルーナは美少女と表現しても差し支えない容姿をしており、天真爛漫に表情をコロコロと変える。

 体の女性らしい起伏に少々恵まれていないため17歳よりもずっと幼く見えるのだが、本人は特に気にしていないようである。


 武光は「なるほど。これはルーナさんが住人の皆様から好かれているはずですね」と納得したのち、「おはようございます」と挨拶した。


「おっはよー! 武光!! ゆっくり眠れた?」

「ええ。非常に質の良い睡眠を取ることができました。しばらくは野宿も覚悟していましたので、この上なくありがたいです」


「そっか、そっか! よかったぁ! あのね、君の家が決まったの! 誰も住んでない空き家を村のみんなでお掃除して、綺麗にしたんだよ!」

「それはそれは。お心遣い、痛み入ります」


「これから案内してあげるね! いこー!!」

「はい。お世話になります」


 武光はルーナに手を引かれながら、これから住むことになる家へ向かうのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ヘルケ村の住居は石造りのものばかりで、現代日本の標準的な住まいと比較するとどうしても見劣りしてしまう。

 だが、武光は物事をネガティブに考えることを良しとしない。


 未来志向こそ営業マンの信条であるべきだと彼は心に決めているのだ。


「かなり広いですね。よろしいのですか。このように立派な住居を頂いても」

「当たり前だよ! 君は女神様の使いで、グラストルバニアを救うんでしょ? あたしたちの村まで守ってもらえるし! 足りない事があったら何でも言って!!」


「それは助かります」

「でもさ、本当に君ってタダ者じゃなかったんだね! あたしの直感は正しかったのだぁ!!」


 武光は「恐縮です」と短く答えた。

 そろそろ問題と向き合う頃合いだとも考えた彼は、自分のスーツの裾を握りしめているどんよりとした女神様に声をかけた。



「いい加減に現実を受け入れましょう。エルミナさん」

「ぐすん。女神界に帰りたい……。でも、帰れない……。あと、半分くらいはあなたのせいなのに前向きなところがちょっと腹立たしいです……」



 エルミナは結局、女神界に帰れなくなったらしい。


 そもそも、彼女は女神の中でも落ちこぼれ。

 その末席にしがみついている身であったため、積極的に他の女神と交流せず、ひたすら自分の執務室に引きこもって荒んだ生活を送っていた。


 お菓子食べて酒を飲んで、眠くなったら寝て気が向いたら起きる。

 暇つぶしには以前担当した転生者が置いて行った現世の携帯ゲーム機がある。

 非生産的な生活をしている割には、出るところが出て引っ込むべきは締まると言う、抜群のスタイルを誇っているのが売り。


 が、それが現状何の役に立つのかと問われると、言葉を失くすしかない。


 その生活のツケが回って来た。

 せめて、下界に一度でも訪れていれば帰り方だって分かっただろうに。


「仕方がありませんね。エルミナさん、私と一緒に住みますか?」

「……はい。ここで変な意地を張っても仕方ない事は良く分かっています。と言うか、心細すぎるのでわたしの方からお願いします。同居させてください。下界、怖い。怖いです。うぅぅ……」


 武光はプライベート空間を求めるタイプの男だが、事情が事情だけにそのポリシーは引っ込めることにした。

 彼もそれなりに「悪い事をしてしまいましたね」と反省しているのだ。


「じゃあ、女神様も住むんだねっ!」

「はい。お世話になります、ルーナさん」


「あたしのことをどんどん頼ってよ! これから一緒に住むんだし!!」

「ルーナさん。ちょっと意味を理解しかねる発言がありましたので確認しますね。……あなた、私の家に住まわれるんですか?」


「うんっ! お父さんが言ってたの! エノキに稽古をつけてもらえって! 武光、すっごい強いもん! あたし、弟子入りすることにしたんだっ!! にひっ!」

「私の知っている弟子入りとは、師になる者が了承して初めて成立するものだと記憶しておりますが」



「よろしくお願いしますっ! 武光!! あたしのこと、鍛えちゃっていいよ!!」

「なるほど。そう言われるとお断りする理由もありませんね。分かりました」

「いや、物分かりぃぃ!! 武光さん、あなたは頼られたことを全部引き受けるから前世は過労で死んだんですよ!?」



 だが、女神界に帰れないエルミナも今は武光に養ってもらわなければならない身の上。

 彼が決めた事に異を唱えるのは憚られた。


 こうして、敏腕営業マン・榎木武光。

 ミシャナ族の戦士・ルーナと放浪のキノコ女神・エルミナ、3人での共同生活が幕を開ける。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 3日が経つ頃には、武光もすっかりヘルケ村に馴染んでいた。

 だが、もっと馴染んでいる女神様がいた。


「おおおっ! ありがてぇ! 擦り傷がすっかり治っちまった!! さすがは女神様だ!!」

「今度はオレも頼む! ナイフを研いでたらうっかり指を切ってしまって!」



「もぉ、仕方がありませんねぇ! いいですとも! わたし、治癒魔法にはちょっと自信があるのです! もっと頼ってください! ちやほやしてください!! うへへへっ!」


 エルミナさん、たった数日でオタサーの姫みたいになる。



 元から女神界に居場所のなかった彼女は、ヘルケ村の住人に崇められ、多くの救いを求められる環境にすっかり酔っていた。

 「これが売れっ子女神の感覚なのですね!!」と、人間にちやほやされる喜びを覚えた彼女はわずか3日でずいぶんと俗っぽくなった。


「ほへー。エルミナ様ってやっぱりすごいね! 治癒魔法使えるとか、さっすが女神!!」

「この世界では皆さんが魔法を使えるのではないのですか?」


「もぉー。武光は世間知らずなんだからー! 魔法は素質がないと使えないんだよ! 努力しても使えない人は一生使えないの!!」

「なるほど。これは生まれ持った運によるところも大きいのですね。ところでルーナさん」


 武光はルーナとの約束を守り、彼女の鍛錬を見守っている。

 その上で、率直な意見を彼女にぶつけた。



「あなたの風魔法。非常に涼しくて良いと思うのですが。それでどうやってモンスターを倒されるおつもりですか?」

「むきーっ!! 仕方ないじゃんか!! 上手くいかないんだもん!! 武光、アドバイスしてよぉ!! 師匠でしょ!!」



 そう言われても、武光に使えるのは『キノコ』の力だけ。

 その発動条件も未だ明確な答えを出せていない。


 よって、今の彼にできる事は熱いエールを送ることくらいである。


「ルーナさん。まずは成功する自分を想像しましょう。そこがスタート地点です」

「そうなんだ! それならあたしね、結構得意だよ!! 頭の中ではさ、もうこの国で一番の戦士になってるもん!! 指だけで岩を砕けるのだ!!」


「それは結構ですね。素晴らしい」

「でしょ、でしょー? あっ! じゃあ、あたしってもう強くなってる!? やたー!!」


 実に穏やかな時間が流れているヘルケ村。

 そんなグラストルバニアの僻地にまた新しい癖のある来訪者がやって来るのは、それから2時間後の事であった。



~~~~~~~~~

 本日は2話更新!

 次は18時でございます!!


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