第6話 早速新規契約を獲得し、活動拠点を手に入れた敏腕営業マン

 急に下界へと召喚されてしまったキノコの女神・エルミナ。

 彼女の出現にヘルケ村の住人たちは混乱する。


「まさか、まさかよ!? この方が女神様!?」

「待てよ、ただの若い娘に見えるぞ? 美人なのは認めるが」


「この姉ちゃんが急に現れて、今もちょっと浮いてる事実から目を逸らすんじゃねぇよ!」

「エノキさん……! あんた、女神の使いだったのか!!」


 だが、それ以上に混乱している者がいた。

 他ならぬ、エルミナ本人である。


「えっ、ちょっ、待って! どうしてわたしは呼び出されたんですかぁ!? おかしくないですか!? 普通、女神の方を召喚するとかってありますぅ!? どういう事か、説明してくれますよね? 武光さん!! わたしの飲んでたビールはどこなのぉ……」

「これはエルミナさん。いけません。代表がそのように取り乱されては、先方に不安を与えてしまいます」


「不安に胸が押しつぶされそうなのはわたしなんですけど!! 初めて来たんですよ、下界!! 怖い、怖い!! 何をどうしたらこうなるんですかぁ!?」


 立派な胸を押さえるエルミナに対して武光は「そうですね」と少しだけ考えて、人差し指をぴんと立てた。



「キノコの力でしょうか」

「わたしがこれ言っちゃダメなのは分かってるんですけどぉ! キノコってそんなに凄いの!? わたし、そんなの知らないぃぃ!!」



 まず武光は、上司を落ち着かせるための時間を欲した。

 ヘルケ村の住人たちもそれは望むところであり、お互いに冷静になろうと言う話で纏まる。


 宴席から離れた場所で、武光はエルミナに状況を端的に説明した。

 エルミナも女神の端くれ。その知力は人間をはるかに上回る。

 よって、この非常識な事態も把握できてしまう。


「……お話は分かりました。つまり、あなたはグラストルバニアでの活動拠点にこのヘルケ村を選ぼうと思ったけど、わたしの許可を得たくてキノコを使い、あろうことか女神をまるっと召喚したと。そういう事ですね?」

「ご理解が早くて助かります。やはり、弊社にとって初めての契約ですので。代表のエルミナさんにも同席頂くのが筋かと愚考した次第です」


「ええ。分かりました。もう呼び出されてしまった以上、務めを果たします。……それはそれとして。武光さん。仮にも女神を呼びつけるってどういうことですかぁ!?」

「それについては、私からご報告があります」


「え、ええ。聞きましょう」

「やはり、名前がないと何かと不自由ですので、先ほどのキノコは『転移の緑茸テレポータブル』と呼ぼうかと。許可を頂けますか?」



「いや! 名前は何でもいいんですよぉ!! なんかオシャレで良い感じだと思いますけどぉ!! わたしの異能の『キノコ』って女神界では鼻くそ扱いされてるんですよ!?」

「そうでしたか。鼻くそとは、ひどい事をおっしゃる。心中お察しいたします」



 エルミナは「心中察せてないんですよぉ!!」と切れのあるツッコミを繰り出した。

 彼女は続ける。


「これまで、『キノコ』を授けた転生者は3人いました。そのうちの2人はキノコを生やして飢えをしのいで、1人はキノコをモンスターに投げつけて迷惑そうに手で払われていたと記憶しています」

「なるほど。先達の方々、素晴らしい発想力ですね。勉強になります」


「いや! わたしが聞きたいのはですね、なんでそのキノコを食べて超火力の魔法使ったり、人を空間転移させたりできるのかって事なんですよぉ!!」

「察するに、強く念じたからでしょうか。信じる者は救われると言いますし」


「救われ過ぎじゃないですか!? 先代の女神様にちゃんと異能について聞いておくんでした……。もういいです。あなたが規格外なのはとってもよく分かりました。ひとまず、幸運だと考えましょう。わたしにとっても、あなたにとっても」

「では、落ち着かれたようですし、交渉の席へ戻りましょうか」


 背筋を伸ばして颯爽と歩いていく武光の背中を見て、エルミナはこの転生者にかつてない可能性を感じていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミシャナ族の族長・ガンガンドゥンと交渉を再開した武光。


「この村を守護する件ですが、是非弊社にお任せ頂きたいと考えております」

「お、おお! 引き受けてくれるのか!! かたじけねぇ!!」


「ですが、いくつか条件を提示させて頂きます」

「ああ。なんでも言ってくれ!」


 武光は「ご協力に感謝いたします」と頭を下げて、手書きの書類を取り出した。

 上の項目から指をさしながら確認していく。

 「パワーポイントが手元にございませんので、こちらの資料でご容赦ください」と彼は頭を下げたが、意味の分かる者は当然いない。


「まず、私の住居と食事の保証を頂きたいのですが、可能でしょうか」

「当たり前じゃねぇか! 村の守護者だ! 最大限の厚遇を約束する!!」


「ありがとうございます。では、次ですが。弊社はグラストルバニアの平定。つまり、ありていに申しますと世界征服を目的として活動しております。よって、ゆくゆくはその障害となる者と敵対する可能性がございます。その場合、逆にヘルケ村の皆様を危険に晒してしまう恐れがありますので、その点の了解を頂きたいと思います」


 ガンガンドゥンはしばし言葉を失った。

 だが、見た目に反する誠実さで彼は武光の覚悟を推し量る。


「ほ、本気で言ってんのか? 魔族と帝国と亜人が覇権争いを続けている、この世界を……。エノキ。あんたは纏めあげようって言うのか?」

「ええ。それがエルミナさんとの交わした契約ですので」


 ガンガンドゥンはエルミナを見る。

 女神らしく、彼女は厳かに応じた。


「そうです。わたしの代行者である、榎木武光はこのグラストルバニアを救う英雄となる人間。どうか、皆様にもその助力をお願いしたいのです。その対価に、この村は女神・エルミナの名においてお守りいたします」


 ガンガンドゥンは考え込む。

 そしてさり気なく「キノコ」の部分を省略するエルミナさん。


 悩む父の代わりに、娘のルーナが即答した。


「すごい、すごーい! 英雄の拠点がこの村になるなんて! こんなに栄誉な事ってないよっ!! お父さん、なに迷ってんの! あたしたち、選ばれたんだよ!!」


 族長は自分の娘の発言に心を打たれた。

 覚悟を終えた男の顔になった彼は、大きく頷いた。


「分かった。その話、飲ませてもらう!」

「ありがとうございます。では、こちらの欄に署名を。それから押印をお願いいたします」


「……そりゃあ、何の意味があるんだ?」

「ええと、武光さんの元の世界の習わしで。付き合ってあげてください」


 女神にそう言われると否定する理由もない。

 ガンガンドゥンは契約書にサインをするのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 契約が成立し、榎木武光の活動拠点が誕生した。

 それを見届けたエルミナは「では、わたしは帰りますね」と言って、浮かび上がっていく。


「分かりました。ご足労頂きありがとうございました」


 だが、エルミナはそのまま宙を行ったり来たりするばかりで、一向に帰ろうとしない。

 そのまま10分ほど眺めていた武光のところに、女神が号泣しながら急降下してきた。



「うぇぇぇぇん!! どうやって帰ればいいのぉぉぉぉ!! 武光さぁん!!」

「申し訳ありません。それは私にも分かりかねます」



 キノコの女神・エルミナ。

 転生者の活躍を高みの見物予定だった彼女に、突然の受難が待ち受けていた。

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