第157話 2日後 ~エルミナ団、迎撃準備整う~

 その瞬間がいつになるのか、2日前の時点では「間違いなく直近」と判断出来ていても、明確に「今日である」と断定するに至っていなかった。

 が、ゼステルの言葉を借りれば「ボードゲームの盤上」はかなり煮詰まり、賢人たちが見誤るはずもない段階に到達する。


「報告! 帝国軍の本隊と思われる軍勢がロギスリンを通過したらしいよ!!」


 翡翠の聖騎士マチコ・エルドッセブンが総督府にやって来たのは、日が昇るかどうかの時分。

 戦いは9時に始業と言う訳にはいかない。

 それはエルミナ連邦の首脳部も承知していた。


「かしこまりました。朝早くからご足労感謝いたします、マチコ様。」

「仕事だからね! ソフィアが出撃した今、あたいもエルミナ連邦を担う聖騎士として身を賭す覚悟さ!! ……それにしては、静かだね?」


「はい。皆さんまだ寝ておられますので」

「へ、へぇ。相変わらず、あんたたちは謎の大物感がすごいよ。よく寝てられるね? だいたいの進軍予測は昨日の時点で立ってたじゃないか」


「ええ。ですので、計画的に休息を取っておられます」

「聖騎士でもこの規模の戦争になれば心がざわつくってのに。あんたたちはやっぱり、精神力からして化け物だね」


「マチコ様。コーヒーを淹れましたので、どうぞ」

「あ、え? エノキ。訂正するよ。あんたが一番化け物だ。昨日も寝てないんだろう? なんだい、その落ち着きっぷりは」


 エノキ社員はコーヒーカップをマチコに手渡して、自分のカップに口を付けた。

 香しい匂いを鼻腔で味わい、程よい苦みで思考を起こす。


「私、前世は営業マンをしておりまして」

「ああ。聞いているよ。うわっ。美味しいね、このコーヒー」


「その際、取引先の偉い方に言われたことがあるのです。花見をしたいので、場所を取って置けと」

「分かったよ? さては、それが前の晩からだったってオチだね? とんでもない上官もいたものだ」



「はい。5日と半日前から、独りで場所取りをしておりました」

「あ。ごめん。あたいの考えが甘かったよ。何だい? 営業マンってのは、特殊工作騎士かい? それ、帝国金貨貰ってもやり手見つけるのは至難だよ?」



 マチコがちょっと戦意喪失したところで、ノソノソとやって来たわがままボディさん。


「ふぁー。たけみちゅしゃん。おはよーございまふー。あのぉ。わたし、今日はおにぎり食べたいです。梅とおかかと昆布が良いです。美味しいですよね。梅。フロラリアで生産始めたの正解ですよー。ふぃー。あ、おはよーございまふー。マチコさん」

「お、おはようございます。エルミナ様。さすがは女神だね。ものすごい落ち着きっぷり。敵がすぐそこまで迫ってるってのに」



「ぴゃっ!? そうなんですかぁ!? 武光さん! わたし、急用を思い出したので! ちょっと! 3日ほどその辺をブラブラしてきますねっ!!」

「どうしてブラブラする事を急用にカウントできるのですか、あなたは。揺らすなら、ご自分のランドマークでも揺らしておいてください。はい。おにぎりができましたよ。梅とおかか。昆布に鮭。こちらには葉ワサビとツナマヨもございます」



 「わぁーい! ご飯食べてから逃げますねー!!」と言って、朝食でフィッシュオンされたエルミナさん。

 それを見ていたマチコは「この戦い。負ける気がしなくなって来たよ」と謎の戦意高揚に襲われたらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 続々と起きて来るエルミナ団のメンバーが食事を始めてから1時間。

 ここで初めてイレギュラーな知らせが届けられた。


「失礼します! クムシソ・ガッテンミュラー、伝令に参りました!!」

「クソムシさんですわ!! おにぎり食べやがります!?」


「これはステラ殿!! 恐縮です!! では、から揚げマヨネーズを頂けますか!!」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

「あるんだ。すごいね、営業マンって。エノキ1人いれば、何でも賄えるんじゃないのかい?」


 おにぎりを美味しく頂いたのち、クムシソは敬礼して情報を共有する。


「先ほど、フロラリアに駐留するエルミナ親衛騎士団から連絡が入りました!! どうやら敵の別動隊がフロラリアに向けて侵攻している模様!! その数、約400から500!! 大軍です!!」


 エノキ社員とジオ総督の視線が交差する。


「やはりそう来たか。霧雨の聖騎士は合理主義だからな。まあ、大方の予想通りだったが。しかし、数が多いな。クムシソくん。駐留している騎士団の数は変わってないか?」

「はっ! 約250です!!」


「足りんな。ここの見積もりを誤ったか。地の利があるとはいえ、帝国首都の兵を相手にして2倍の兵力か。エノキ殿。貴殿の意見を聞きたい」

「私は戦いの専門家ではありませんので、お耳汚しになるかと存じますが。営業の面から考えますと、あまりコストを割きたくはありませんね。人員、浪費する時間。いずれも最小限に抑えたいです」


「うむ。同感だ。それで、もちろん案があるのだろう?」

「これは……。ジオ様も意地の悪い事をおっしゃる。では、お耳汚しついでに。私がエルミナさんを連行して、フロラリアへ向かいましょう。これからすぐに発てば、2時間もあれば着くはずです。キノコを使いますので。急げばさらに速いかと」



「ぴゃあ!? わたしですか!? で、でもぉー。わたしって、ほらぁー。国家の主席ですしー? 首都を離れるのはまずいって言うかぁー?」

「エルミナ。諦めなさい。女神としての役目を果たすのです。あ。すじこのおにぎりが凄まじく美味しいですね。どなたか、私の五目おこわとトレードしませんか?」



 おっかさんに売られるキノコ娘。

 なお、マザーのおにぎりはエリーさんとの間にトレードが成立しました。


「しかし、君がいないとバーリッシュはいささか心細くなるが。それに、迎撃こそ君がいれば余裕だろうが。その後はどうする? 敵の捕縛も半数の兵では心許ないぞ」

「そうです! そうですっ!! ジオさん、もっと言ったってくださいっ!!」


「その点は少しばかり浅知恵がございます。エルミナさんという転移ポイントを連行する事で、マザー様の転移魔法が可能となります。転移魔法が可能になった段階で、速やかにマチコ様の部隊をいくらかほどお借りして、敵の捕縛を。そののち、余剰戦力と共にバーリッシュへと帰還すれば人的、時間的、人的消耗の両面で最低限が望めるかと」



「えっ!?」

「マザー様? 口からすじこを産卵してやがりますわよ? ちょっとビジュアル的にヤベーですわ。エリーさん。タオルありますの? マザー様がヤベーですわ」



 おっかさん、逃げられず。

 女神だろうと使えるものはブリブリ使うのがエノキのやり方。


「なるほど。エノキ殿の手腕には何度でも驚かされる。我々聖騎士はどうしても、基本となる教えをベースにものを考えがちだからな。貴殿の自由な発想力はそれだけで充分に帝国を討つ刃となり得る。まったく、恐ろしい男だ」


「ホントに恐ろしい男ですよぉ……。どうしてわたしが、一番槍を。よよよっ。酷い目に遭いませんように……」

「私はもしかして、酷使されるのですか? 協力するとは申しましたが。ええ……。こんな、初手から担ぎ出されるのですか? 普通は最終局面まで取って置きませんか? 私、マザーですよ?」


 女神のダメ母娘が嘆く。

 だが、既にエルミナ団で彼女たちに味方する者はいない。


 一同、おにぎりでお腹を満たしたところで、いざ出陣。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 まず、エノキ社員がバーリッシュを発つ。

 馬車も使わず、理外の単独走行。


「私とエルミナさんだけでしたら、『強化の黄茸ストレングス』と『瞬神の青茸ヘルメスモーション』の併用で街道を走るのが最も効率的かと存じます。では、行って参ります。しばらくお任せいたします。ジオ様」

「ああ。気を付けてくれ」


「ぴいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! スピード違反ですよぉー!? あっ、気持ち悪くなってきましたぁ……。ゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 女神の出す悲鳴としては赤点どころかほとんど0点を記録して、キノコの女神と使徒が走り去っていった。


「では、我々も迎撃準備を整えよう。各々、心して掛かってくれ」


 長い1日の始まりである。

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