第161話 エルミナさんと榎木武光の短期出張業務 ~フロラリア到着! からの、即お仕事!!~

 榎木武光。

 彼はキノコの女神に見出されグラストルバニアへと転生した男。


 厳密に言うと、武光がたまたまエルミナさんのところに流れ着いただけなのだが、ここはキノコ教復権のために「エルミナさんが見出した」体で話を進めよう。

 捏造ではない。


 世界の意思である。


 そんな武光は多くの仲間と出会い、この世界でエノキとして親しまれている。

 エノキ社員の異能は『キノコ』であり、手から生えて来るキノコをイメージの力で強化して数々の能力に変化させると言う、結構な当たりスキル。


 上がり目はもうない、完成された営業マンだと思われていた武光もいくつかの挫折と数回の絶望の先で蘇り、メンタルを強化させていった。

 その結果、キノコの力はまさに円熟の時を迎えようとしている。


「ぴゃあぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! たけ、たけみちゅしゃん!! もう、もうわたし!! 限界ですけどぉ!? ひゃいぃぃぃぃぃ!! あっ。これは変になりますよ。やらしい意味じゃなくてですね。普通に振動が脳に悪影響を及ぼしそうです。バカになります」


 エルミナさんを小脇に抱えて、『強化の黄茸ストレングス』で身体能力を向上させたのち『瞬神の青茸ヘルメスモーション』で移動速度をさらに上乗せ。

 もはやグラストルバニアの生物が出すことのできる速度の限界を超えていた。


「ふぎゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ……あ、あれ? 武光さん?」

「到着いたしました。フロラリアです」


「え゛っ!? ちょっと今の時間を教えてもらえますか? わたし、目が回ってて時計見たら吐きそうです……」

「絶対に見せられませんね。珍しくちゃんとした装備をお召しになっておられるのに。バーリッシュを出てから、約一時間半経っております」


「あのぉ? バーリッシュからフロラリアまで、馬車をぶっ飛ばしても6時間かかるのにですかぁ?」

「はい。そこそこ優秀なタイムが出ましたね」



「たけみちゅしゃん? 人間をヤメたんですね?」

「失礼ですね。私、今日は容赦なく乳を引っ叩きますよ?」



 割と人間をヤメている榎木武光。

 わがままボディを抱えたまま、あり得ない速度で現場に到着した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 フロラリアにはまだ、帝国軍が到達した気配はなかった。

 だが、エノキ社員は慎重に動く。

 間者が紛れ込んでいるかもしれない。そこで気付かれると市街戦になる。


 大きな戦いになればなるほど、今回は2人しかいない人員では処理不可能な事態になる恐れがある。


「おっ! おいおい、お前ら! 見ろよ! エルミナ様だぞ!」

「本当だ!! 乳の主張が激しいから間違いない!!」


「おっぱい国家主席だー!!」

「坊や! 見ちゃいけません!! 家に入りなさい!!」



 だが、エルミナさんの不必要な存在感と認知度のせいで、すぐに存在がバレた。



「あらぁー!! 皆さん、わたしの事が大好きなんですからぁー!! どうも、どうもー!! みなさんのアイドル!! エルミナですっ!! 今日は冒険者風にコーディネートしてきましたよぉー!! おっぱいは控えめですが、代わりに太もも出してます!! どや、どやぁ!!」

「適当に麻袋でも頭に被せておくべきでしたか。ああ……。もう街中に広がっていますね……。エルミナさん」


「はい? なんですかぁ!!」

「そこのお店で麻袋を買ってきますので、その自慢の太ももと一緒に入って頂けますか?」


「え゛っ!? い、嫌ですよぉ!! なんでわたし、そんなものに入らないといけないんですかぁ!?」

「邪魔だからです。あなたは現状、マザー様の転移魔法のための発着地点ですので。最悪意識を失っていても呼吸していれば問題ないのです」


 エルミナさんは「ガーン!!」と鳴いたのち、「なんでそんな怖いこと言うんですかぁ……。くすんっ」と涙目になった。


「失礼します!! やはり! エノキ様ではありませんか!!」


 彼はかつて門番隊のリーダーを務めていた兵長。

 西方第六騎士団が解体されてからはエルミナ親衛騎士団フロラリア駐屯隊の幹部としてこの都市の防衛に当たっている。


「これは助かりました。ドブカス兵長。お会いできたのは幸運です」

「壁外の屯所へおいでください!!」


 なお、名前が割と残念である。

 エルミナ親衛騎士団に所属する幹部はみんな名前が残念説。

 あると思われた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 屯所では、帝国軍の進軍に備えて兵士たちが待機していた。

 事前に別動隊の侵攻を予見していたエノキ&ジオの首脳コンビがフロラリアにその旨を伝達していたため、高い警戒状態が保たれている。


「なんですと!? それほどの大軍がですか!?」

「はい。もう到達しているかと思ったのですが、それは杞憂だったようです。敵影は確認できていませんか?」


「お待ちください! 索敵班!! 報告!!」

「へい! 我らは先ほど、80の兵で30キロ向こうまで様子を見て参りましたが、何もいませんでした!! 影も無し!! 察するに、キノコ男様のお考え過ぎでは?」


「貴様! 差し出口を叩くな!!」

「申し訳ありません!!」

「いえいえ。お気になさらず。しかし、妙ですね。バーリッシュで受けた報告と状況がずいぶん違いますが」


「ふぃー!! やっぱり冷えたお酒がいっちばーん!! 武光さんに抱えられてた道中では何も飲めませんでしたからねー!! くぅー!! 生き返りますねぇー!!」


 警戒中の屯所には、当然だがアルコールの類は置かれていない。

 それを知っているこちらのキノコさん、ちゃんと酒店で買って来たのだ。


「エルミナさん」

「はーい! なんですかぁ?」


「あちらの索敵班の方々にも分けて差し上げてください。さぞかし喉が渇いておられると思いますので」

「おー!! 武光さんが優しい!! 任せてくださーい!! さあさあ! 皆さん!! このわたしがお酌して差し上げましょう!! さあさあ! お飲みなさい! お飲みなさいっ!!」


「こりゃあ、すみません!!」


 エルミナさんが一席設けたので、ドブカス兵長が顔をしかめる。

 「貴様ら! 作戦行動中だぞ!!」と叱責したが、その中に我らのエルミナさんが含まれている事は誰も知らない。


 と、ここで索敵班のリーダーが「うげぇっ!」と言って酒を吐き出した。


「あわわっ! どうしたんですかぁ!?」

「ど、どうしたじゃないですよ!! この酒、腐ってるんじゃないですか!? くっせぇ!!」


「ほええー? そりゃそうですよぉ? これ、エルミナ連邦のプライベートブランドじゃないですかー。ゲロウナギ酒!! 強烈な匂いとまろやかな味わいが売りっ!!」



 榎木武光。間抜けを見つける。



「不思議な事もあるものです。そちらのお酒。ラベルにエルミナさんが小さく印字されていますね? エルミナ連邦に住んでいる者ならば、エルミナさんの顔印はまずいものの証だと子供でも知っているはずなのですが」

「え゛え゛っ!? そうなんですかぁ!? ひ、ひどいじゃないですかぁー!!」


 間にキノコの合いの手が入っても、武光は推理パートを止めない。


「あなた方、帝国軍の兵士ですね? 先ほどあなたは30キロ向こうまで偵察に行ったと仰いましたが、いくらなんでも欲張りましたよ。それだけ進めば国境を越えます。国境を越えれば、帝国軍本隊の影も見えないと言うのはむしろ不自然です。それから、エルミナ連邦発足後はですね。皆様、私の事をキノコ男とは呼ばないのです。お優しい方ばかりですので、黒眼のお尋ね者を指す蔑称は口にされないのですよ。本来の索敵班の方々はどうされたのか。その点も含めてお尋ねして参りましょうか」


 エノキ社員。ここに来て敏腕営業マンの面目躍如。

 基本、火球飛ばしたり殴ったりして交渉をしていた彼が、見事に知能と弁舌だけで敵の間者をあぶり出した。


「ぴゃぁぁ!! 敵さんですかぁ!? ヤダヤダぁ!! わたし、絶対さらわれるじゃないですかぁ!! 美少女でわがままボディな可愛い国家元首ですもんっ!! ひぃぃぃ!!」

「エルミナさん」


「は、はい!! 武光さん、助けてください!!」


 武光さん、エルミナさんの肩をそっと引き寄せる。

 そののち。



「やだぁー! 武光さんったらぁ! どさくさに紛れて大胆なんですかふぎゃぁぁ!!」

「エルミナさん。ちょっとうるさいです」



 乳ビンタを繰り出した。

 今日のエノキ社員は容赦なく乳を叩く。


 布石もしっかり回収できて、実に綺麗に纏まった。

 やはり、この世界はキノコさんの乳を叩いてなんぼである。


 キノコ教の信徒の皆さん。

 これがお望みだったはずです。さあ、お祈りの準備を。

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