第47話 撤退戦 ~やっぱりお尋ね者になったエルミナ団~

 工業都市・バーリッシュの住人には活力がない。

 だが、領主の屋敷に控えていた兵士たちは実にギラついた目をしており、勤労意欲に満ちているようだった。


 理由は実にシンプルである。


「お前たち! この無礼者どもを全員殺せ!! ……いや、女は生け捕りだ! ふふふ。たっぷりと可愛がってやる! 男だけ殺せ!! 褒美は弾むぞ! 金をやる! 何なら、私のあとに女を貸してやってもいい!!」


 このゲスな男と同じ色の魂を持っている、同族しか領主が雇っていないからである。

 濁った水の中でも優雅に泳げる魚だけを集めたのならば、どのような餌に良く食いつくかも熟知しているだろう。


「どど、どうしましょうか、武光さん!! このままだと、わたしたち全員捕まって! あのハゲにやらしい事されちゃいますよぉ!! ハゲは性欲強いんですよ、わたし知ってるんですからぁ!! 嫌ですよぉ!! ルーナさんエリーさんは、特殊な趣味の方にしか相手にされないでしょうけど!! ステラさんはギリギリ! わたしは確実に全員に狙われますよぉ!! 武光どぅふっ」



 ルーナとエリーとステラに腹パンされるエルミナさん。



「いずれにしても、ここは逃げの一手しか選択肢はありませんね。皆さんはとりあえず生け捕りにされるようですが、領主様は私だけ名指しで殺害指令を出しておられますので。私の生きていた世界では、このように前時代的な発言をしようものなら社会的地位を一瞬で失っていたのですが。帝国領はずいぶんとその辺りが緩いようで……」


「武光、武光!! どうしよ? この人たち、ぶっ飛ばしていいのっ!?」

「いいんじゃなかろうか。領主に賛同しとる時点で人権はないように思えるのじゃ」


「わたくしも賛成ですわ! 武光様を殺そうだなんて、とんでもねぇ思い上がり野郎どもですわよ!! てめぇの顔を鏡でよくご覧あそばせですわ!!」

「そうです、そうです!! 皆さん、やっちゃってください!! わたしを中心に取り囲むようにして! わたしを守りながらやっちゃってください!!」


 全会一致で今後の方針が可決された。

 とりあえずの急場しのぎではあるが、急場をしのげなければ今後の方針も立たないので致し方ない。


「では皆さん。このどうしようもない方たちのお相手をいたしましょう。ですが、命は奪わないように。わざわざ彼らと同じ低さまで人の価値を落とす必要はございません」


 乙女たちが、武光の号令で戦闘を開始した。


「やれやれ。せっかくエリーさんに作って頂いたのに。もはや目を隠している意味もなくなりましたね。お尋ね者は確定ですので、サングラスは大事に内ポケットにしまっておきましょう」


 黒眼をあらわにした武光だが、既に屋敷内は大乱闘の最中。

 彼の瞳の色に興味を示す余裕のある者はいなかった。


 彼を除いては。


「ほう。君は黒眼か。なるほど、反逆者としての装飾が楽で助かる」

「これは聖騎士ジオ・バッテルグリフ様。私などのお相手をしてくださるとは、なんと奇特な」


「ふふっ。君は道化を演じているつもりかもしれんが、私はあいにくと目利きには自信があってな。久しぶりに歯ごたえのありそうな男と手合わせができるとは、嬉しいではないか!!」

「なるほど。これはいけません。では、失礼して」


 武光は手からキノコを生やす。

 その色は黄色。相手の力量や能力が分からない以上、身体能力の強化は初手として無難である。


「……腹ごしらえは終わったかね?」

「ええ。お待たせいたしました。『強化の黄茸ストレングス』、発現させて頂きます」


 キノコ男と聖騎士ジオ。

 味方にできればと考えていた商談相手と一戦交える事になろうとは。


 「まったく。営業に果てはございませんね」と呟いた武光は、拳を振り抜いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 『強化の黄茸ストレングス』で底上げされた身体能力。

 武光の拳は刃を相手にしても、傷を負う事はない。


「ほお。これは驚いた。君は何かの魔法を使っているのか。そのようなそぶりは見せなかったが。なかなかに曲者だな」

「とんでもありません。買い被りです」


「獅子が猫のふりをするものではない。私も出し惜しみはなしで挑もう。魔法剣! 『紅蓮爆炎刀クリムゾンソード』!!」

「これは……。さすがに戸惑いますね。何と言う迫力でしょうか」


 武光は魔法剣の存在をもちろん知っているし、ステラが使用するところをガンガンクレイジー掃討戦で目にしてもいた。

 が、親愛なる同僚の評価を下げたくはないものの、武光は感じざるを得ない。


 「聖騎士の魔法剣は次元が違うようですね」と。


 彼は急ぎ手から赤いキノコを生やし、口に放り込んだ。

 今はこの歯ごたえと弾力で食感を長く楽しめるキノコが憎らしい。


「ふむ。さては、君のその魔法。キノコを食べる事がトリガーになって発動するのか? であれば、失敗したな。2つ目を食べさせてしまったか」

「謙虚な実力者ほど厄介な方はおられませんね。どうしてあなたのような方が、あのように上に立つ者の資質を欠いた御仁の下についておられるのか。不思議でなりません」


 ジオは紅蓮の剣を振り下ろしながら短く答える。


「私にも事情があるのだよ。ぬぅぅぅんっ!!」

「くっ! 『紅炎の赤茸プロミネンス鉄拳ナックル』!!」


 紅蓮の剣と紅炎の拳の打ち合いで、炎が渦を巻く。


「これは驚いた。君も炎を操るか」

「私のセリフでございます。まさか、相殺するのが精いっぱいとは想定外でした」


 だが、両者の戦いに思わぬ横やりが入った。

 領主ボンスケルがはるか後方から叫ぶ。


「ジオ!! 貴様、屋敷を燃やす気か!! その攻撃は控えろ!! 私の財産を少しでも失う事になってみろ!! 貴様とて、許さんぞ!!」


 ジオは「これはなんとも無粋」とため息をつき、魔法剣を解除した。

 それを見た武光も、『紅炎の赤茸プロミネンス』の力を一時的に抑える。


「どうした。君が屋敷の財産に気を遣う必要はあるまい」

「いえ。あなたは権力に酔った方だと勝手に思い込んでおりましたが、どうやら違うようです。交渉の余地があるのでしたら、無用な争いは最小限にしておきたく存じます。特に、今あなたの立場を危うくしても私どもにメリットはないかと」


 ジオは「本当に面白い男だな。君は」と笑う。

 その様子を見て「追撃の構えはなし」と判断した武光は、結構な勢いで兵士たちをボコボコにしている乙女たちに再度号令をかける。


「皆さん! 頃合いです!! 順次、屋敷から撤収してください!! 殿は私が務めますので!! エルミナさん! どうせあなたが最初に逃げると思うので、馬車の用意をお願いします!!」


 実は既に屋敷の出入り口まで到達しているのが、逃げる事に関して定評のあるエルミナさん。

 彼女は力強い返事をする。


「任せてください!! 安全地帯を確保するのはわたしの仕事!! さあさあ、皆さん行きますよ!! と言うか遅いですよぉ! わたしの前で敵を薙ぎ払ってくださぁい!!」


 その後、エルミナの普段は見せない手際の良さで馬車は走り始める。

 3人の乙女たちも無事に乗り込んでいるため、もはや長居は無用。


「『強化の黄茸ストレングス』の効果時間内で助かりました。まさか、私を普通に置き去りにして発進するとは。エルミナさんには驚かされる事が多いですね」


 強化された脚力で馬の速さに追いついた武光も馬車に飛び乗る。

 そのままエルミナ団はバーリッシュの外へと逃走して行った。

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