最終話 キノコ男、フルスロットル!!

 それからの話をしよう。


 ゼステルの暴走を食い止めたエルミナ団と榎木武光。

 現在のヴァルゴ帝国を統治しているレンブラント・フォルザが連邦にいたため、そのまま総督府にて首脳会談を行った。


 内容が極めてデリケートなため、レンブラント、ジオ、エノキの3人のみが出席。


 そこでレンブラントは帝国の解体を申し出た。

 今回の大規模出征は帝国の臣民も知るところであり、成すすべなく敗北したと言う情報を広く流布すれば不満こそ出るだろうが皇帝の退位を最もスムーズに行える機は今と彼は語った。


「私に決定権などございません。エノキ殿に一任したい。この世界を救ったのは彼です」


 ジオ・バッテルグリフは即答した。

 レンブラントも頷く。


「ただの営業マンである私にお二人とも無理をおっしゃる。ですが、分かりました。確かにご提案をするのが私であれば、責任も私に帰属いたします。このグラストルバニア平定業務。最後まで私が務めましょう」


 エノキ社員は淀みなく未来の設計図を語った。


 帝国は長らく専制君主制が維持されており、それを急に改革すれば傀儡政権を支えていた心ある貴族たちからも不満が出る事を危惧し、まず議会制の導入を提案した。

 十数年をかけていくつものステップを踏み、最終的には連邦国家としてグラストルバニア全土を変化させる旨をプレゼンする。


「なるほど。では、それまでの帝国執政官はジオ。いや、ジオ殿。貴殿に任せたい」

「と、とんでもない! レンブラント殿!! いくらなんでも一介の聖騎士である私には荷が重すぎます!!」


「私が差し出口を挟ませて頂きますと、当面はレンブラント様に帝国の統治を引き続きお願い申し上げたいです」

「お、おお! エノキ殿! そうだとも! 私はようやく過分な地位から解放される!!」



「ジオ様には、エルミナ連邦に近隣の元帝国領を加えた地域の初代総督として、今後も治世をお願いいたします」

「責任が増えているではないか。私は、私はもう……!!」


 ジオさんが顔面からデスクにダイブしたため、治療に入ります。



 細かい打ち合わせは当面レンブラントがバーリッシュに留まり継続議論する事になった。

 アルバーノ・エルムドアが先んじて帝国首都ヴァレグレラに戻り臨時の政務を担当する。


「ほんで? 国の名前はどないするん? なー。ウチの名前使ってもええで? 花火姉さんキングダムとかどないや? ええやんな!? トムぅ!!」

「花火さん。治療に呼んだのは私ですので申し上げにくいのですが、退出頂けませんか?」


「はぁ? 武光! 見損なったで!! あんた、ウチと一緒にこの世界を支配しよう言うて、手ぇ取り合ったやん!!」

「恐ろしい事実の捏造はおヤメください。花火さんには大陸全土の魔族を統治して頂くポストをご用意しております。それから治癒の女神様を回収してください」


「あ。ほんま? それ、バール使うてもええヤツ?」

「ご自由に」


 レンブラントが後頭部を押さえた。

 そのままの姿勢で彼はエノキ補佐官に「意見具申よろしいか」と問う。


「もちろんでございます」

「新たな国の名称ならば、私に良い案がある」


「ちょいちょい、ダンディ! あんたな、数時間前まで敵やってんで? 厚かましいわー。えー。ようそんなん言うやん。怖いわー」

「……バールを引っ込めてくれないか、レディ。気に入らなくば捨て置いて構わん。が、全ての民が賛成するだろう」


 レンブラントの提案した名前は『キノコ連邦』だった。


 武光以外の信任を得た結果、数秒で決定事項へ。

 エノキ社員は「困った方たちですね」と苦笑いののちため息をついた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 1か月が過ぎ、バーリッシュの復興はほとんど完了していた。


 ステラさんの実家であるトルガルト家が「うちの娘の未来の旦那のためならば!!」と復興費の出資と作業員の手配を申し出たことでスピードはさらにアップ。

 帝国のしがらみから既に解放されつつある予感は、エルミナ連邦と帝国の住人全てに明るい兆しをもたらした。


 エルミナ団は引き続きバーリッシュに滞在し、業務を行う。

 平定こそ達成したが、むしろこれからが手腕の振るいどころ。


「ステラちゃん、そろそろ行こー!!」

「かしこまりですわ!! リンさん、わたくしとルーナさん、1週間ほどロギスリンに行って参りますわね!!」


「あいさー。おじいちゃんも連れて行くさー。ボクより物知りだから役に立つさー」

「同行しますですさー。サイクロプスの皆さんも連れて行くですさー。街道整備は急務ですさー」


 ちゃっかりバーリッシュに居ついたマリリンじいちゃん。

 リンさんと鬼面族のコンビネーションで営業と総務を担当する。


「おい! マザー様たちがお帰りになられるぞ!!」

「見送りに行くのじゃ。……お師匠が各地の魔境を旅するようになったからね。エリーゼ、すごく晴れやかな気分なの。なんだかおっぱい大きくなった気がする」


「パパ! 早くー!! あー。マントが汚れてるよ! もぉ! だらしないんだから!! ダメだよ! ルゥがちゃんとしてあげる! はい!」

「ルゥ。……なんだか新妻みたいな雰囲気に。……いかん、倒れそうだ」


 中庭へ集まったエルミナ団。

 マザーが転移魔法の準備を整え、トールメイさんとプリモさんはその魔力溜まりの上に立つ。


「では、私たちは女神界に戻ります。ご用があればいつでもお呼びください」

「私はどんな時でもお手伝いに来ますよ!!」

「……私はもう嫌だ。戦争が終わってたった1か月の間に、7度風呂を覗かれた。もう貴様ら全員嫌いだ。どうして誰一人としてノックをせぬのだ……くそぅ……」


 対して、下界に残留する女神はベルさんとフゴリーヌさん。


「なんか悪いな! あたしらの住むとこ手配してもらって! 欲求解消されまくりだわ!!」

「ねー。今さら女神界に戻っても居場所ないもんねー。私たち。ありがとー。エノキくん! エルミナちゃん! ここにはいないけど!!」


 2人は守護女神として、下界の規律を正す役職に就く。

 「楽しい世界を創る」事が彼女たちの目標。


「はい。マザー。これお土産だよー。ゲロウナギちゃん! 獲れたてー」

「あ、ありがとうございます……。あっ」


「うあ゛あ゛あ゛!! なぜ! ウナギが私の服に入り込む!? おい! 誰か取ってくれ!! ひぃぃ!! どうして誰も助けぬのだ!? あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


「ステラ!」

「ええ! ソフィアさん!!」


「すぐにトールメイ様を呼び戻そうな!!」

「ぜってぇですわ!! ガチ推しなんですわよ!!」


 涙目のお姉ちゃんを連れて、マザーとプリモさんは消えて行った。


「んー! 武光、早く戻って来ないかなー?」

「あいさー。武光がいないとボクのお仕事増えるのさー。お酒飲む暇もないさー」


 榎木武光とエルミナさんの姿だけが総督府には見当たらない。

 どこに行ったのだろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 バーリッシュ市街地の最も外壁に近い場所。

 区画整理されたそこには、小さな家が造られていた。


「エルミナさん。お食事ができましたよ」

「待ってましたよぉー!! やー! お腹ペコペコですー!! ……あ゛。ちょっとぉ! お野菜ばっかりじゃないですかぁ!? 昨日もでしたよ!? お肉食べたいですぅー!!」


「文句ばかり言わないでください。我が家は財政が極めてひっ迫しております。私は休職中。エルミナさんは国家元首を解任されて無職。収入がないのですから」

「だから言ったじゃないですかぁー! ジオさんがお金くれるって言うんだから、貰いましょうってぇ!! もぉ! お酒だってやっすいヤツしか飲めないんですよ!! ……ちょっと総督府に行って来ましょうかね!!」


「おヤメなさい。邪魔です」

「ガーン!! わたし、エルミナ連邦で1番偉かったはずなのにぃ!? くすん。なんか思ってたのと違うんですけどぉー」


 エルミナさんはエノキ社員との約束通り、グラストルバニア平定を果たしたご褒美として榎木武光の恒久的な扶養キノコに。

 この1か月、だらしない恰好でゴロゴロしながら、お酒を飲んで武光に絡んでいる。


「きちんと働くと言うのならば、総督府に掛け合って差し上げますが?」

「おっ! と言う事は、また談話室で食っちゃ寝できるんですかぁ!?」


「そんな訳ないでしょう。雑用にそのような権利はありません」

「ざ、雑用……!? こんなにわがままボディなのにですかぁ!?」


「エルミナさん」

「はい? ほぎゃっ!!」



「ストレス発散にビンタするくらいしか、あなたのわがままボディに価値はありません」

「おかしいですよぉ! なんでわたしのおっぱいの価値が下がったんですかぁ!? やですぅー! こんなのわたしの考えてたボーナスステージじゃないですぅー!!」



 榎木武光は利き腕を失ったため、左腕だけで書類作成やプレゼンの進行などがこなせるようにリハビリを精力的にこなしている。

 既に日常生活に支障のないレベルまで感覚を得ており、エルミナさんへの乳ビンタも軽やかにキメる。


「あのぉ? 武光さん? キノコ出せなくなっちゃいましたけど、まだお仕事続けるんですかぁ?」

「当然です。必要とされなくなるまでは」


「わたしは養ってもらえるんですよね!?」

「約束した以上、大変不本意ですがお任せください。あなたを立派に更生させて見せます」


「ぴゃっ!? ずっと楽して生活できるんじゃないんですかぁ!?」

「私は申し上げたはずですが? あなたのお世話をする、と。ふふふっ」


「珍しく武光さんが笑ったのに! なんか怖いです!!」

「さて、もう2発ほどわがままボディをお借りしても? やはり手首のスナップに納得がいきません。おっぱいと言うものも、なかなか良いものですね」


 こうして、榎木武光は無事に業務を完了させた。

 だが、彼はまだ走り続けるらしい。


 キノコ男はこの先もフルスロットル。

 燃え尽きる日が訪れるまでには、まだまだ猶予がありそうである。




 ————完。

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