第43話 期待し過ぎて勉強会に身が入らなかった。

「ねー碓井くん。帰りカラオケ寄らない?」

「悪い、テスト前だから勉強したい」

「じゃあみんなで勉強会しようぜ」

「先約があるからまた今度な」

「お洒落とかに興味ない? 髪型変えてみようよ」

「興味はあるが今じゃない」


 終業後に俺はクラスの連中から波状攻撃を受けていた。勿論その間に白崎は帰ってしまう。またしても声をかけるタイミングを失ってしまった。


「冬馬お待たせ! 勉強会こっか」


 鞄に教科書を詰め終わった千桂がそう言って立ち上がる。そう言えばいつもパンパンに詰まっているが、もしかして教科書全部積めたりしているんだろうか……?


「ああ、行こう」


 田中と石倉は先に向かっている。早いところ追いつかなければ。


「また今度行こうねー」

「ああ」


 声をかけてくれたクラスメイト達に返事を返しつつ、千桂に付いて教室から脱出する。


 二人とも早足で下駄箱まで行くと、靴を履き替えた。


 ちなみにわずかな希望をもって白崎の下駄箱を見たが、やはり帰った後だった。どうにかしてコンタクトを取れたらいいんだが。


「ね、冬馬」

「どうした?」


 駅前フードコートへの道すがら、千桂が俺を見た。


「友達いっぱい増えそうですねっ」


――せっかく高校入って新しい環境になったんですし、お友達増やしませんか?


 彼女と出会ってすぐに言われた言葉が思い出された。当時は鬱陶しくて仕方なかったが、今思えば、悪くはない提案だった。


 誰かと比べられるのは、仕方ない。俺は一番ではないが、最下位でもない。あの時俺は綾瀬しか見ていなかった。もっとたくさんの人がいて、彼らは彼らで競ったり、協力したりしているのだ。それは「友達」を作らなければわからなかった。


「ああ、そうだな」


 でもなぜだろうか、勧めたのは彼女なのに、千桂の言葉と表情から感じるのは、喜びよりも寂しさや焦りだった。


「……」


 会話が途切れる。


 途切れること自体はそう珍しくもない。そんなに話題が途切れないほど、たくさんの引き出しがあるわけじゃない。


 でもなんだろう、この気まずさ、居た堪れなさは。


「冬馬はさ」

「ん?」


 沈黙を破ったのは千桂の方だった。俺より前を歩いていて、表情は見えなかったが微妙に声が震えているように感じた。


「このまま友達が増えたら、私のこと忘れちゃう?」

「そんなわけないだろ」


 あり得ない事を言ったので、俺は思わず彼女に並んで顔を見た。一瞬だけ今にも泣きだしそうな顔をしているように見えたが、彼女はすぐに笑顔になった。


「あはは、ごめんね。ちょっと千桂ちゃん。弱気だったみたい」

「……何があっても、俺とお前は友達だよ」


 俺がそう答えると、千桂は顔を伏せる。垂れた前髪の隙間から「ありがとう」とかすかに聞こえた。


「それで、あの、さ……冬馬、次の休みなんだけど……」


 俯いたまま、千桂がぽつぽつと話し始める。


「わ、わたしの家で、勉強教えてくれないかな?」


 千桂の顔は、心なしか赤かった。


 ちょっと待て、千桂の家って――千桂の家だよな? いいのか、俺なんかが行って!?


 彼女の方を見ると、顔が真っ赤になっていた。それを見た瞬間、俺の答えは確定した。


「い、いいけど……」


 極力平静を装ってOKする。


 いや、いいのか? これは期待していいのか!?

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