第11話 ゲーセンはオアシスだ。

 田中は笑って「また放課後にね」と言っていた。


 なぜ、あんな事を言われて笑っていられるのか、俺には分からない。コッペパンを口に無理やり詰め込むが、喉の奥が渇いていて、上手く呑み込めない。


「碓井くん、なんか怒ってる?」


 向かいでサンドイッチを食べる穂村に、そんな事を言われてしまった。


「何でそう思う?」

「なんか雰囲気がいつもと違うから」


 どうやら態度に出ていたらしい。ペットボトルの紅茶を飲んで、なんとか口の渇きを潤す。


「白崎の言ったことが、ちょっとな」


 白崎、それが田中にあんな事を言った男の名前だった。


 元々興味もなかったが、授業の会話などで名前を把握し、休み時間の会話で彼の情報を集めている。


「俺たちは田中が頑張ってるのを知ってる。それなのに、あいつは……」


 言いかけてはっとする。一番になれなければ意味がない。だったらどれだけ頑張っても馬鹿にされるだけ。俺がいつも考えていた、そのままの事が目の前で起きていたのだ。


 思っていたことを口に出すか出さないかで、俺はあいつと同じなんじゃないか?


「いや、悪い――」

「確かに! 白崎くんのアレは酷かったよね、碓井くんとは大違い!」


 取り消そうとしたところで、穂村は拳を握り、はっきりと怒りの声を上げた。


「そうか……」


 穂村が俺とあいつは違う。そう言ってくれたおかげで随分と気が楽になった。


「せめて、わたしたちは田中ちゃんの事を応援してあげましょう!」

「ああ」


 そうだ、あいつを懲らしめたところでどうにかなるわけじゃない。俺たちは、田中を助けてやった方が良い。


「じゃあ、ゴールデンウィークには田中も呼ぶか」

「そうですね、きっといい気分転換になるんじゃないですかね!」



 放課後、田中と一緒に漫画を見ながらああでもないこうでもないと話した後、俺は私服に着替えてゲーセンに向かっていた。


 白崎の言葉には、何とか折り合いをつけたものの、それでも煮え切らない気持ちがあった。


 プライズゲームをするグループをかわして、アーケードゲームのエリアにたどり着くと、クレジットを投入して音ゲーのスコアアタックを始める。


 これをやっている間は、何も考えなくていい。ただスコアを伸ばす事だけをしていれば、時間も過ぎていく、それが楽しくて、俺は嫌なことがあった時はここに通っている。


 カシャカシャと打鍵してはコンボを積み重ね、曲の終わりには虹色のフルコンボの文字が浮かぶ。それを繰り返していると、随分と気分が落ち着いてきた。


「……ふぅ」


 随分と気分が落ち着いた。あいつのことは許せないが、無視するくらいの対応に抑えられそうだった。


 少し休憩するために、トイレと自販機に向かう。コーヒー缶を片手に音ゲーのランキングを眺めていると、店内の歴代最高ランキング一位に「TOM」の文字が書かれていた。


 綾瀬はこんなところで遊んだりはしない。だから、俺はここで一番を取れた。


 TOMの文字はランキングに初めて入った時、名前の冬馬をアルファベットしようと「TOMA」と入力しようとしたら三文字制限に気付かなかった結果、付いてしまった名前だ。


 間違いに気づいたときに「USI」とか「TMA」にすれば良かったのだが、名前の変更が面倒で、なおかつ「TOM」なら誰も俺だと分からないだろうから、ということで今でもこの名前を使っている。


「あの……もしかしてTOMさんですか?」


 休憩も終え、もう一クレジットくらいやって帰ろうか悩んでいると、声を掛けられた。


「……いや、違うけど」


 だいたいこういうのは、めんどくさい事になるにきまっている。それが分かっているなら、わざわざ自分から名乗りを上げるのも面倒だ。


 視線を向けると、長いさらさらとした金色の髪が見えた。カラコンなのかハーフなのか、整った顔と翠玉色の瞳が印象的な女の子だ。


 年齢は同い年か一個下か、何にせよ、同年代のように見える。


「え、でも、スコアの履歴的に――」

「何を言ってるのか分かんないな、俺は帰るとこだし」


 大体の場合、ゲーセンで異性に声を掛けてくるのはゲーム以外の目的なのがほとんどだ。


 男が女に声を掛けるのはナンパだし、女が男に声を掛けるのは姫行為の取り巻き補充だ。トラブルを避けるのなら、近づいてはいけない。ほとんどの人間がそうしている。


 そういう訳で俺は、そそくさとその場を逃げ出したのだった。

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