第12話 情けは人の為ならず、という事は早起きは三文の得と言えるのではないか。
早く起き過ぎた。
明日は穂村たちと遊園地、そう思って寝坊しないように、八時に布団に入ったのは良い物の、朝の三時前に目が覚めてしまった。日が長くなっているとはいえ、外は真っ暗だった。
……集合は駅前に九時。ということは、五時間は余裕があるわけだ。寝る気もしないし、何かしようか。
いくつか考えを巡らせる。ソシャゲもデイリーをこなすだけなら五分もかからない。
「……」
家の中をこっそりとうろついていると、ふと玄関でランニングシューズが目に入った。中学卒業以来走っていなかったが、久々に走っても良いか。
そう決めると早かった。俺はすぐにジャージに着替え、靴を履くと薄明りの街へと繰り出した。
外の空気は冷え切っていて、白い息は出ないものの、頬を撫でる風がヒリヒリと頭を刺激する。日が昇って気温が上がる前には帰るとして、二時間くらいか。ゆっくり学校を経由して、駅前でも回っていこう。
俺の住む町は高低差のある地形の上に作られていて、アップダウンの激しい、トレーニングにはかなり負荷のかかるコースになっていた。
「はっ、はっ……」
いつも寄っているコンビニ前で信号待ちをしていると、視線の先に人影が写る。こんな時間だって言うのに珍しい。
しゃがみこんだまま動かないが、酔っ払いか何かだろうか? 興味のわいた俺はそれとなく姿を確認することにした。
信号の色が変わり、走っていくと、相手の姿がはっきりとしてくる。金色の長髪に整った顔立ちの――
「っ!?」
予想外の姿が見えてぎょっとする。昨日、ゲーセンで話しかけてきた子だった。
「……?」
これが昼間の雑踏や、夕方の車の多い時間帯なら、認知されずに通り過ぎれただろう。しかし、今は早朝で俺と彼女しかいない状況だ。そりゃ認知されるし、目も合う。
「あ……TOMさん」
「いや、ちがっ……はぁ、どうした。こんな早朝に」
否定しようとしたが、もうこいつの中では俺がTOMだという事は確定なようだ。観念して話を進める。
「早朝……? ああ、早起きですね」
彼女は今までずっと起きていたことを暗に示して、ゆっくりと立ち上がる。寝不足なのだろう、よく見ると血色も悪く、足取りもふらついていた。
「私は……ちょっと、家に帰りたくなくて」
「え?」
彼女の言ったことが聞こえなかったわけではない。想像の範疇を越えていたのだ。
「帰りたくないって、もう四時近いぞ、心配されないのか?」
「はい、両親も兄も、私には無頓着なので」
外泊だとか、そういうのなら分かる。だが、頼る人がいないのに、それでもなお家に帰りたくないのは何故だろう?
「心配しなくても大丈夫です。今日はTOMさんと会えたんで良い日でした。帰ります」
「ちょ、ちょっとまった!」
彼女の表情がどこか悲しげだったので、俺は思わず呼び止めてしまう。昨日の夕方ゲーセンで会った時は適当にあしらったって言うのに、勝手なもんだと思う。
「?」
「これ、俺のアカウント、良ければ連絡してくれ」
ポケットの奥に残っていたクシャクシャのレシートにボールペンで走り書きをして、彼女に持たせる。このムーブはナンパとかそういう類だが、何かをしなければ俺の気が済まなかった。
「え……」
「じゃあ、また今度な」
何をされたか分からない。というような表情だったが、時間が経つにつれ表情が明るくなり、何度もお礼を言って帰っていった。
一番を目指すことはともかく、誰かと関わるのは、悪くない。穂村から教わったそれを、俺は実践することにした。
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