第8話 競う事はともかく、誰かと関わるのは別に悪くないんじゃないかと思った。

 真っ赤な顔の穂村に連れられて、教室の外に出る。


「えっと、そのー……と、とにかく! あれはノーカン! ノーカンにしよう! ね、ね!?」

「あ、ああ」


 多分丸一日悩んで出したであろう結論に頷き、俺は脱力する。これ以上変な意識を持たれて、ぎこちなくなるのはごめんだ。


「よし、じゃあいつも通りにお友達でいましょう!」

「俺からも聞きたいことあるんだが、良いか?」


 まだ少し落ち着かない様子だったが、俺も聞きたいことがあった。


「あ、うん、いいよ、なに?」

「俺について、なんかよくない噂は流れてないか?」

「噂?」


 首をかしげて、天井を見て、うーんと唸る。わざとらしいほどの考えるそぶりを見せた後、穂村は口を開いた。


「特にないかな……球技大会まで目立ってなかったし」

「そうか……」


 ということは、田中の勝手な思い込み、というのが有り得そうなことだろうか? しかしあの慌てようは……


「むーん、碓井くんって他人の評価どうでもいいでーすって顔してるのに、意外とそういうところ気になっちゃう感じです?」

「気になるっていうか、ちょっとあってな」


 俺は穂村に昨日のことを話す。一応の義理として漫画云々の話は伏せておく。


「ふむ、つまりクラスの女子から、いきなりそんなこと言われて凹んでいると?」

「まあ、ありていに言うとそうなる――女子?」


 俺は田中の話をしている訳で、女子の話はしていないんだが、何処からそんな要素が出たんだ?


「田中ちゃんでしょ? 今教室の隅で本を読んでる」


 穂村が指さす方向を見ると、見覚えのある丸眼鏡をかけた女子生徒がいた。黒のショートカットで小柄な体格で、手足も細い……良く言えば中性的、悪く言えばお子様、そういう印象の女子生徒だ。


「……ああ、あの子だ」


 男子と間違えていたことは黙っておこう。


「じゃあ、直接聞いてみるとかどうです? わたしが間に入れば田中ちゃんも話しやすいと思いますし」

「悪いな、そうしてくれると助かる」


 俺も相手が女子なら、対応を変えなければならないと思っていたところだし、もっと言えば碌に話したことのない異性と二人で話すのは、なかなかにハードルが高い。


「いえいえー、千桂ちゃんは碓井くんが友達を増やそうとしてくれて嬉しく思いますよ」

「いや、別に友達を増やそうって訳じゃ……」


 否定の言葉は既に向かっていた穂村には伝わらなかった。


「へい! 田中ちゃん、ちょっと時間空いてる?」


 小動物みたいに怯えている田中を見て、俺は考える。


 俺が嫌だと感じていたのは、誰かと比べられ、一番になれなければ馬鹿にされる環境であって、知り合いとの付き合いじゃなかったんじゃないだろうか。


 現に俺は穂村と一緒にいるのを楽しいと感じていて、田中やクラスの連中とも、波風が立たないようには付き合っていきたいと思っている。


 一番になれなくても、それ以外にできる事はあるんじゃないか? 例えば……


「碓井くーん! こっちこっち!」


 考えかけたところで、穂村が俺を呼ぶ。一番になる以外にできる事、その答えは出なかったが、今はそれを考える余裕はなさそうだ。


「昨日は悪かったな」

「え、あ……うん、いや、はい……」


 滅茶苦茶怖がられてるのが表情から伝わってくる。そんなに怖がられることをしたか……?


「田中ちゃん。そんなに怖がらなくていいよ、どうしてそんなに怯えてるのか聞きたいだけなんだって」

「ひぇっ!? い、いい言えません!」


 穂村がなるべく優しいトーンで話しかけるが、どうにも要領を得ない。


「と言ってもな……俺も別に悪いことした覚えないのにこんな怯えられると、あんまりいい気はしないんだが……」

「うーん……どうすれば話してくれるんでしょ」


 完全に委縮した田中に、俺も穂村もお手上げ状態だった。三人の間に沈黙が訪れる。


「あの、えっと……じゃあ、放課後に三人だけで会えるなら、そこで話します……」


 何とか勇気を出してくれたのか、田中はおずおずと話してくれた。


「ん、そんなんでいいのか?」

「ふむふむ、じゃあまた放課後ですな」


 そういう訳で、俺たちは放課後、駅前のフードコートへ向かう事にした。

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