第9話 もしかすると、田中は俺より強いかもしれない。

 今日は朝から晴れており、じっとりとした気持ち悪さがない代わりに、日差しによって夏じゃないかと思うくらいに暑かった。


「衣替えまで遠いな……」


 俺達三人は放課後、話していた通りに集まっている。フードコートは冷房が効いていて、汗が緩やかに引いていくのを感じる。


「それで、えっと田中ちゃん」

「は、はい! その……理由、なんですけど」


 穂村の声に、田中は背筋を伸ばして反応する。


「えっ……と、その……」


 しかし、はきはきと答えていたのはほんの数秒で、その後は元のおどおどした感じに戻ってしまう。


「……穂村、お前が見た範囲でいい。田中って誰に対してもこんなんなのか?」

「いやぁ、目立たない子だけど、こんな挙動不審じゃないと思ってたんだけど……」


 こっそり穂村に聞いてみるが、その答えは役立ちそうになかった。


「もしかして、昨日の封筒関係か?」

「ひぃっ!?」


 面白いくらいに反応する。多分図星か。


「むぅ、なんですかな、封筒とは?」

「あー……穂村、ちょっと二人で話させてくれ」


 そうか、これは穂村が知らない事だったな、俺の口からいう訳にもいかないし、穂村にはいったん外れてもらう事にする。


「い、いえ! 碓井さんにも穂村さんにも、話すので!」


 しかし、それは外ならぬ田中の言葉で止められてしまう。俺は構わないが、彼女の精神は大丈夫だろうか?


 田中は深呼吸を数回繰り返し、鞄から昨日の封筒を取り出す。


「ぼ、ぼぼ僕、ま、漫画を、かかか描いていまし、て!」


 滅茶苦茶つっかえながら、しかし大きな声で田中は宣言する。


「ひ、人に見られるのが……そ、その、恥ずかしくて……」

「……」


 そこまで聞いて、俺はなんとなく察した。


 趣味で漫画は描いているけれど、誰かに見せる勇気が無いのだろう。下手だと自覚しているならなおさら、自信を持てないのも分かる。


「えっ、漫画!? 凄いじゃないですか! どんなの描いてるんですか?」

「穂村、あんま突っ込んでやるな」


 話しに食いつこうとする穂村を抑える。昨日のあの反応からして、漫画を描いているというカミングアウトですら、かなりの勇気が必要だっただろう。それ以上は少々酷だ。


「いえ、その……僕、賞に応募したくって、お父さんに話したら、誰かに見せる勇気もないのに賞に送るな……って言われちゃって」

「なるほどねー、よし、じゃあ千桂ちゃんが中身を見てあげましょう!」


 ばっと両手を出す穂村に、田中はおずおずと封筒を渡す。それを見て、俺は思う所があったので、田中と話をすることにした。


「なあ、そんなに恥ずかしくて、自信が無いのに、なんで賞に応募するんだ?」

「え……?」


 賞を取れたら、それは光栄なことだし、成功と言えるだろう。しかし、入賞できなかったら? 何回もそんな経験をした結果が、今の俺だ。


 挑戦することは悪い事じゃない。だが、大多数の人が失敗を受け入れて生きていくんだ。面と向かってダメだと言われるより、ダメだと思いつつも、一人で楽しんでいた方が楽しいんじゃないか?


「なんで、ですかね? 僕も自信はないんですけど、きっと、完成させたっていう、区切りが欲しいのかなって」

「区切り?」

「その、なんていうか……道を歩いていて、今自分が何処に居るのか、知りたくなったって言うか……も、もちろん受賞したいっていうのは確かなんですけど、僕は今ここまで来たんだ。っていう証拠が欲しいんだと、思います」


 自信なさげに苦笑しながら、田中は笑う。


 区切り、か……


 俺もそんな風に思えればよかったのだろうか、少なくとも今は、そんな事を考えられそうにないな。


「そうか……ああ、それともう一つ良いか?」

「う、うん」

「ふつうデータの持ち込みじゃないのか? わざわざ印刷しないとダメなのか?」

「あ、えっと……それは、誰かに見せるなら、タブレットだと漫画以外も開いちゃうそうだし……新人賞も紙で受け付けてるから」


 なるほど、田中なりに誰かに見せようってつもりはあったんだな。


「ふー、よみおわったー!」


 ある程度の納得ができたところで、穂村が封筒に原稿をしまう。


「ど、どう、でした……?」

「よくわかんないけど、頑張って描いてるのは伝わってきました! 百点です!」


 満面の笑みで穂村は言うが、それはとどのつまり「努力は認めるが、何一つ響くものは無かった」って意味だぞ……


「あ、ありがとう、ございます……」


 それは田中にも伝わったようで、明らかに気落ちしていた。


「俺も読んでいいか?」

「どうぞ! いいよね? 田中ちゃん」

「あ、はい」


 これだけ勇気を出して、得たものが穂村のよくわからん感想だけじゃ、あまりにもかわいそうだ。俺も上手いわけじゃないけど、何か一つだけでも身になる事を言えればいいが……


 封筒から原稿を出して、一枚一枚見ていく、丁寧に一コマずつ書き込んでおり、その努力は並々ならぬものがあった。


「……」


 全てを見終えて、腕を組む。


 よくわかんないけど、頑張ってるのは伝わってくる。確かに穂村の感想は、思ったことをそのまま言葉にしたような感想だ。


「あ、あの……碓井さん?」

「……まず。穂村の言う通り、かなり頑張って丁寧に書いてると思った。身体の描き方も違和感ない」


 暫く考えて、他の漫画と比べてわかりにくいと感じたことを纏めることにした。


「ただ、最初の数ページ、世界観の設定だけつらつら語られても頭に入ってこなかった。必要最低限にして、キャラクターを見せたほうがいいと思う。次に構図、全体的に横長で立体感が無いし、何やってるか一目で分からないところがあった。書き込みも、つなぎというか、どうでもいいコマまでびっしり書き込んでるから何を見ればいいのか分かんなくって疲れ――」

「……」


 ここまで言って、田中が黙っていることに気付いた。しまった、ダメ出しし過ぎたか。


「あ、あー、田中、大丈夫か?」

「碓井くん酷ーい、せめてもうちょっと優しく言えないのー?」


 穂村の言葉が痛い。せっかく打ち明けてくれたのに、これじゃあ……


「……た」

「ん?」

「分かりました! ありがとうございます! 直してくるので明日も見てもらえますか!?」


 予想外の言葉が帰ってきた。


「では、早速修正するのでこれで!」


 俺がドン引きしていると、田中は封筒をひったくって走って帰っていった。

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