第7話 ちょっとムカついたのは事実だ。

 間接キスをしたという事実はもう既に確定しており、俺は既にその事実に折り合いをつけていた。


 ただ、それはあいつが意識をしていないという前提に立っての物で、あの反応を見る限り、めちゃくちゃ意識をしている。


 まさに不発弾。その処理に俺は失敗したわけだ。


「わっ!?」

「っ!? ……っと、悪い」


 ボケーっと考えながら歩くのは良くない。向かいから来ていた小柄な男子とぶつかってしまった。


 ばさりと抱えていた茶封筒が落ちる。彼は慌ててそれを拾う。


 野暮ったい丸眼鏡に、櫛は通しているがどうにも地味さの抜けない髪、体格があまりにも細いので、下手すると小学生くらいにも見えるが、多分中学生か。


「大丈夫か?」

「い、一応――って碓井さん!?」


 ……? はて、知り合いにこんな奴はいないはずだが。


「まあ、俺は碓井だが……誰だお前」

「田中だよ! クラスメイトくらい覚えて!」


 クラスメイト……いかんせん高校生活始まって一か月経ってないし、知り合い作らなかったし、全く記憶にない。


「すまん」


 ここは素直に謝っておこう。というかこいつ高校生かよ。同じ人種に見えねえ……


 頭のてっぺんから足のつま先まで見るが、ジーンズにチェックシャツの姿は、俺でもドン引きするレベルの芋っぽさだ。これなら制服を着ていた方がいくらかマシだろう。


「ところで、その封筒濡れてるけど大丈夫か?」

「えっ? うわっ!? 本当だ!」


 昨日の夜降った雨と、今日の曇り空でどこもかしこも濡れている。そんな状況で物を落としたらそうもなるだろう。


「ど、どど、どうしよう……」

「あー、もしよければ弁償するが」


 これは明らかに俺が悪い。弁償のきく物であればいいんだが。


「いや、良いよ。濡れて使い物にならないのを何枚か印刷しなおせばいいだけだし」


 そうは言うが、田中の表情は明らかにしょんぼりとしていた。


 それにしても、中身は一体何なんだ? 分厚く、それなりの重さがありそうな封筒の宛名を覗き見る。


「……漫画か?」

「え”っ!?」


 出版社は流石に分からないが、コミックス編集部という文字列は辛うじて読み取れた。


 反射的に田中は封筒を隠すが、その動きが余計に図星であることを伝えている。


「く、クラスのみんなには言わないで! なんでもするから! お金とかももってくるから!」

「……」


 一体俺はクラスの面々からどう見られてるんだ?



 今日は穂村が話しかけてこない。


 いや、別にそれはそれで構わないし、穂村にも友達付き合いがあるだろう。それは仕方ないとは思うのだが、一方で困ったことがあった。


 昨日の田中が言っていたことがちょっとだけ気になる。評判だとかそういう事には無頓着なつもりだが、悪評をばらまかれているのは良い気がしない。


 それとなしに穂村から話を聞いてみようと思ったのだが、彼女が話しかけてこない。話しかけようにも他のクラスメイトと話していることが多く、話しかけられない。


 仕方ないとあきらめて、俺は石倉を探す。昨日は失恋の余波で休んだらしいが、流石に今日は来ているだろう。


 教室を見回すと、ある一角だけ妙に空気が重い場所があった。うん、たぶんあそこか。


「石倉」

「……」


 魂の抜けたなうつろな瞳がこちらを向く。お前、会って数日の女から振られてそうなるのは、相当だぞ。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「……」


 だめだ、反応がない。


 俺は少し考える。こいつにとりあえずの活力を与えるには……


「昨日、クラスの女子に飲み物を分けようとしたらドン引きされてな」

「!」


 食いついた。


「そのまんま逃げられて、学校でも避けられてるんだ」


 嘘はいっていないが、何とも居心地の悪い罪悪感を感じつつ、俺は石倉という枯れかけた植物に水を与える。


「そっかー! お前も距離感測れてないんだな―!」

「……で、お前にまで変な噂広がってないか聞きたいんだ」


 唐突に元気になった石倉に、ちょっと引きつつ言葉を続ける。


「んー、特になんも聞いてないぞ、お前は地味でよくわかんねえ奴って――」

「あ、あの、さ、碓井くん」


 元気が出始めた石倉の言葉が止まる。


 声を掛けられた方向を見ると、穂村が顔を赤くして立っていた。


「話したいんだけど、いいかな」

「あ、ああ……じゃあ石倉、そういう事で」

「……」


 すまない石倉、悪気は――そんなに無い。

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