第6話 爆発した。
逃げだして、どれくらい走っただろうか。どう走ったかもわからないが、俺たちは今、駅前広場で息を切らしていた。
「はあ、ふう……びっくりしたよ、碓井くんが急に走り出すんだもん」
「……悪い」
半ば無理矢理連れてきてしまったことを詫びながら、俺は走ってきた方向に視線を向ける。綾瀬は追いかけてきていなかった。
なぜ逃げだしたのか。俺はもう、彼女に立ち向かうことすらできない。そう思えてしまって、情けなさがこみ上げてくる。
「はい、さっき渡し損ねちゃったけど、これ飲んで元気出してよ、碓井くん」
そう言って手渡されたのは、青と銀のツートーンカラーでラッピングされたエナジードリンクだった。
「これは……」
「元気が出ない時はこれ! 徹夜明けのお兄ちゃんが言ってたので間違いないはずです! 奢りなのでお気になさらず!」
ふんっ、と鼻を鳴らす。
「……」
その姿が妙に自信ありげなので、俺は毒気を抜かれてしまった。なんというか、悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまったのだ。
「ああ、ありがたく貰っとくよ」
受け取って、少し体から離してゆっくりとプルタブを立てる。走ってきたからか、案の定隙間から細かく白い泡が吹き出す。
泡を啜りつつ、蓋を完全に開けて口に含むと、少しの酸味と暴力的な甘みが口の中を支配する。
少しずつ飲んでいると、頭の中がゆっくりと整理されていくのを感じる。カフェインの影響もあるだろうが、活力が身体の内側から湧いてくるような感覚があった。
穂村は、俺が飲んでいる間、話しかけてくる事は無かった。なんだかんだ言って、気を使ってくれているらしい。
「穂村」
「はい? なんでしょ?」
「ありがとう」
自然とその言葉が出ていた。
別にエナドリのお礼とか、いいタイミングで来てくれたとか、そういう事だけじゃない。上手く言語化できないが、穂村は俺に寄り添ってくれていた。
「いえいえ、エナドリは二〇〇円くらいの物なので! メロンパンのお礼ですよ」
俺の意図する感謝は一割くらいしか伝わらなかったが、それでもよかった。
こいつと事あるごとにつるんだり話しているのは、俺は穂村の野次馬根性と、自分の意志の弱さから来ているんだと思っていた。だが、綾瀬と話してそれは間違いだと分かった。
つまるところ、こいつと話すのは楽しいのだ。
「つっても、二〇〇円って結構だろ、俺はこんくらいで良いから残りは穂村が飲めよ」
自分の中で一つの答えが出たところで、もうエナドリは必要なかった。まだバイトもできない俺たちにとって二〇〇円は少なくない。一人で飲み切ってしまうのは気が引ける。
「え……いやぁ、でもー……」
「どうした?」
穂村は両手をせわしなく動かして赤面している。
奢りで渡した手前、自分が飲むのに抵抗があるのだろうか? 別に気にしなくてもいいのに。
「間接キスになっちゃうかなー……って」
「っ!?」
いやお前。
こないだ盛大に肉まんとフランクフルトでやったのにお前。
それを今言うか。
「……気にすんな」
「え、き、気にするよー!!」
顔を真っ赤にして両手を振る。頼むから意識してないように振る舞ってくれ、そうじゃないと数日前に設置された地雷で俺が死ぬ!
「良いから飲め! 俺の為に!」
「ちょっと発言的に変態っぽいよぉっ!」
「こないだホットスナックでやっただろうが! お前がそういう態度だと、前のあれは何だったんだよ!?」
「ホットスナック? ……あ」
俺の言葉を聞いて、穂村はゆでだこのように赤くなる。
ああ、くそ! こいつあの時、完全に無意識だったな!?
「……ご」
真っ赤になった彼女は頭のCPUが完全に熱暴走したようで、カクカクとした動きで立ち上がり、ギギギという音が出そうなぎこちなさで口を開く。
「ごめんなさいいいいっ!!!」
そして、全速力でどこかへ走って行ってしまう。その速さは陸上部の人間よりもよっぽど速そうに見えて、なおかつみっともなかった。
……一方で、地雷が盛大に爆発した俺は、走り去る彼女を見ながら呆然と立ち尽くすしかなかった。
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