第24話 ポップコーンMサイズとドリンクSがAセットだ。

 千桂の言葉に苦笑し、俺は立ち上がる。既に呼吸は整っていた。


「じゃあ、行くか」

「はい、行きましょう!」


 二人並んで歩き、改札を通って電車に乗る。ここから出かけて、遊べるところと言えば深河駅くらいしかないのだ。


連休中という事もあって、昨日に引き続いて人出はかなりありそうだった。


「それにしても、白崎くんに妹がいたなんて驚きましたねえ」

「ああ、俺も正直驚いた」


 あいつの身辺関係は特に調べていないが、まさかこんな形で距離が近くなるとは思わなかった。


「でー……そのぉ、妹さんとは、仲良いんですか?」

「なんだ。そんなに幸奈が気になるか?」


 昨日に引き続き、千桂は彼女のことが気になるようだ。


「幸奈っ!? いきなり名前呼び!?」

「いや、だって、お前も困るだろ。白崎って俺が言ったらどっちだか分かんなくなるし」


「むぅ」


 この「むぅ」はどうやら「理屈は分かるが納得は出来ない」という意味らしい。納得って、何を納得すればいいんだ?


「とにかく、あいつとはつい最近知り合ったばっかだし、お互いに詳しくは知らない。ただちょっと縁があっただけだ」

「まあ、そういうことなら……」



 電車を降りると、俺たちは歩いて映画館を目指す。見る予定の物はアクションもので、安定した人気を誇るシリーズだ。前評判も上々。これは楽しめそうだ


「高校生二枚お願いしまーす」


 千桂は元気よくそう言うと、俺が渡したものを含めて千円札を二枚と五百円玉を二つ出す。


「カップル割の方がお安くなりますが、いかがしましょう?」

「えっ!?」

「じゃあカップルで」

「ええぇっ!?」


 驚きの声を上げた穂村を遮って、俺はすかさず割って入る。


「畏まりました。座席は――」


 適当に見やすそうな席を指定して、チケットを受け取ると、俺たちは入場開始までロビーで待つことにした。


「とと、冬馬、カップルって……」

「そっちの方が安くなるんだからその方が良いだろ?」

「う、うんっ! そうだね! お得ならしかたないっ!」


 千桂は妙に声が上ずっている。俺は何とか平静を装って周囲を見渡した。学校の奴らに見られたら、冷やかしの対象だ。


 ふと目に留まったポップコーンの料金表を見る。浮いたお金でワンサイズ大きくできそうだ。


「じゃあ、ちょっと俺はポップコーンと飲み物買ってくる。ちょっと待っててくれ」

「りょ、了解ですっ!」


 元々買うつもりっていうのもあったが、これ以上は意識せずにいられそうになかった。


 並んでいる人数は、上映開始が近いだけあって並んでいられない人が多いのだろう。そこまで大勢並んでいない。


 待っている人が少ないからと言って、進むのが早いとは限らない。なんでこう、映画館の売店は手際が悪いんだ。とか思考を逸らそうとしてみる。そこまでうまくはいかなかったが。


「……」


 カップル、カップルかあ……


 正直なところ、千桂は可愛い。それはもう、俺が言うまでもなく可愛い。しかも知り合いのいなかった俺に声を掛けてくれて、また歩き出すきっかけまでくれた。


 理由はいくらでもある。そしてそれら全てが決定的な理由だ。その中でも、俺は彼女と話すことが楽しいと感じている。それがもっとも大きな理由だった。


 だが、こんな地味な俺が、彼女にアプローチしていいのだろうか? 思い返せば、俺は千桂に何も渡せていない。どれだけよく思い返しても、彼女に何かをしてあげられたか? という問いには答えが出なかった。


「お待たせしました。Aセット二つです」

「はい」


 差し出されたプレートを両手で受け取って、俺はカウンターを離れる。


 想像以上に時間を食ってしまい。もう入場は始まっていた。少し急ぎ足で彼女の姿を探す。えっと、流石に先には行ったなんて事は無いだろうし……あ、いた。


「千桂、悪いな遅くなっ――」


 言いかけて言葉が止まる。視線の先には居るはずの無い人が居たのだ。


「すごい偶然ですねえ、副会長さんは一人で映画に?」

「ええ、昔からこのシリーズが好きで、間に合ってよかった……」


 付いてきたのか? いや、そんなはずはない。だが、問題は方法ではなく、今ここにいる事だった。


――綾瀬楓が、千桂と話していた。

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