第25話 映画の内容としては大満足だった。

「千桂」

「あ、冬馬、さっき偶然副会長さんに会ってね」


 千桂は屈託のない表情を見せてくれる。綾瀬は生徒からの人気も高いだろうから、彼女が好きになるのも仕方ないと思う。


「冬馬くんも映画に来てたんだ。言ってくれれば一緒に行ったのに」

「……待ち合わせに遅れるのが嫌だったんだよ」


 視線を逸らして呟くように答える。千桂にポップコーンを渡して、俺は溜息をついた。


 チケットを買ってしまったし、千桂も綾瀬と話したそうだ。この間みたいに逃げることはできない。


「副会長さんもお好きなんですか? この――」

「入場始まってるし、早く見に行こう」


 少し強引だが、俺は千桂にそう言って入場を促す。


「あ、うん……じゃあ副会長さん。また後で!」

「ええ、そうしましょう」


 逃げるように離れた後、席に着いて肩の力を抜く。千桂も綾瀬の事を避けてくれればいいのに、という自分勝手な願望が頭をよぎって、自分が性格の悪い考えをしていたと思いなおして、苦笑した


「えっと、冬馬」

「……どうした?」


 不機嫌さが心から漏れないように、注意しながら口を開く。


「ごめんね、綾瀬さんが苦手って聞いてたのに」

「別に、俺だって子供っぽいとは思ってるんだ」


 千桂と出会った直後と比べれば、随分心も安定したように思う。だが、未だに綾瀬への劣等感は抜けきらずにいた。


「でも、わたしとしては冬馬も仲直りしてほしいし、副会長ともお友達になれたらなって思ってるんだ」

「……善処はする」


 また昔のように戻れるかは分からないが。


「ところで来る途中に会ったって、副会長さんが言ってたけど」

「分かるだろ、邪魔されたくなかったんだよ」


 あいつが居たら間違いなく楽しむ余裕もない。石倉や田中なら合流しても良かったが、綾瀬だけはダメだ。


「ふーん」


 千桂は納得したのかしていないのか、ポップコーンを一つかじった。


「……失敗したな」

「千桂ちゃん、冬馬くん、お待たせ」


 千桂がそう呟くのと、俺の隣に綾瀬が座るのは同時だった。


「っ……おい、千桂」

「だからごめんねって」


 恨めしく彼女を睨むと、千桂自身もこの選択は後悔しているらしかった。


 一つ溜息をついて、スクリーンを見る。海賊版撲滅キャンペーンのCMが丁度始まったところだった。



 たっぷりとエンドロールまで楽しんだ後、俺たちは近くの喫茶店で休憩していた。


「小学校の頃、冬馬くんはクラスで一番かけっこが上手くてね」

「へー」

「と言っても、区大会じゃ三番手くらいだ。ていうか何時の話してるんだよ」


 千桂が俺の過去を聞きたがり、綾瀬がそれを答える。何とも居心地の悪い時間だ。


 綾瀬はおそらく、俺がこんなことで悩んでいるのは知らないだろう。俺がこうなったのは、中三の頃だから、ちょうど中学と高校で疎遠になったのと重なるからな。


「じゃあ、千桂ちゃんはどうして冬馬くんと知り合ったの?」

「それはですねー、メロンパンを取り合った仲でしてね――」


 話は俺の昔話から、高校時代の俺の話へと移っていく。何とも居心地の悪いこの時間は、これから先も続くらしい。


「でねー、その時――冬馬?」

「……トイレ」


 別に行きたいわけじゃないが、この場で不貞腐れているよりは、少し頭を冷やそうと思ったのだ。


「そっか、ちゃんとおてて洗ってきてね」

「そりゃもちろん」


 千桂の言葉に頬が緩むのを感じる。どうやら表情が強張っていたらしい。

 俺は心の中で千桂に感謝しつつ、席を離れた。

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