第53話 カラオケなんて久々だな。

 六月も近くなり、随分と日が長くなっている。五時を過ぎても明るいのは、なんとなく違和感があった。


 俺達は駅前広場に向かっている。カラオケでも、ネカフェでも、何かしらの施設があるのは駅前だからだ。


「それにしても、安心しました」

「なにがだ?」

「冬馬さんがちゃんと着替えて来てくれたことですよ。メッセージでは書き忘れたんで」

「そりゃあな」


 制服でうろつくということは、何か問題を起こした時、そのまま学校に連絡が行くという事だ。夜遅くにうろついてる時に目を付けられない為にも、制服は学外でなるべく着ていたくない物だった。


「ゲーセンで遊ぶときは六時で帰るって決めてたが、幸奈はそんなつもりかどうか分かんないし」

「へー、そんなに私と長く居たかったんですねっ」

「ああ、まあそう取ってくれて構わない」


 放課後に誘ってくるくらいだから、どうせ遅くまで出歩くだろう。という予想があったのは確かだ。それに、白崎の話を詳しく聞きたかったということもある。


「ふーん……そういうこと言っちゃうんだあ」

「幸奈?」

「いえいえ、何でもないですよ」


 なんだろう、幸奈が俺から見えない角度で舌なめずりをしたような、そんな感覚があった。


「あ、カラオケありましたよ、入りましょうか」


 幸奈は俺の手をぐいっと引いて、電飾の眩しい看板へと向かった。


「二人部屋お願いしまーす」


 幸奈はテキパキと受付を済ませて、個室にまで俺を連れていく。されるがままなのはちょっと自分が情けないが、幸奈が妙に手馴れているので、俺が何かしても邪魔になるような気がした。


「さて、じゃあ歌いましょうか」


 ドリンクの注文まで済ませると、幸奈はタッチパッド片手にそう切り出す。


「いや、お前……」


 カラオケが目的じゃないだろ。と言おうとして、屈託のない笑顔が見えた。だめだ、これは従うしかない。


「はぁ、貸せ」


 幸奈から受け取って、好きな曲を入れる。高音域が出るか怪しいが、好きなので仕方ない。


「おおー、冬馬さん、結構カラオケ得意なんですか?」

「さあな、誰かと一緒に来ることも、点数を計るのもやった事はないな」


 音痴だったらごめんな。と言い訳をしたところでイントロが始まる。


 ラブソング、という訳じゃないが、人と人との関りと別れをうたった歌詞で、俺は好きだった。今でも聞いていて、不意に泣きそうになる時がある。


「――、ふぅ」


 今回も不意に泣きそうになったのを堪えて、歌い切った。幸奈の方を見ると、彼女はパッドを操作する事もなく、俺の方をじっと見ていた。


「おい、次、幸奈だろ」

「え、あっ! はい!」


  彼女が慌ててタッチパッドを操作すると、流行っているラブソングのイントロが流れ始めた。


「いやあ、冬馬さんが上手すぎて聞き入っちゃいました」

「褒めてもなんも出ないぞ」


 千桂のおかげか、誉め言葉も素直に受け取れるようになった。別にプロ級だのなんだの言ってる訳じゃない。単純に良い物だから言ってくれたんだ。その気持ちを無下にするのは逆に失礼だろう。


「――」


 幸奈の歌は、かなり上手かった。元々の素質もあるだろうけれど、そこから更に努力を重ねているように思える。


 俺は、彼女がそうしたように、曲が終わるまでしっかりと耳を傾けた。

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