第52話 お礼ってなんだ?

 その後、一週間くらいは不思議なほど静かな日常が続いた。


 白崎はアレがあった次の日から学校に来ていて、あまり変わっていないように感じる。一応SNSアカウントの方を見れば、何か書いてあるかもしれない。だが正直なところ、俺への恨み言が色々と書いてありそうで、見る勇気が出なかった。


 そんなある日、下校時間を見計らったかのようにメッセージが届いた。


『いつものゲーセンまで一人で来てください』


 送信者は幸奈だった。まあ元々向かうつもりだったが、白崎関連で何かあったんだろうか?


「冬馬ー今日はどこに行く? 石倉くんは部活だけど、田中ちゃんもいるよ?」

「悪い、今日はちょっと用事がある」


 一人で来い。という文面が気になる。白崎が妹の携帯を使ったと考えると、そのまま従うのは危険だ。しかし、だからこそ俺が一人で行く必要があった。こいつらを危険にさらすわけにはいかない。


 千桂と田中に別れを告げて、俺は行きつけのゲーセンへ向かう。殴られたりするのは、俺一人でいい。

「あ、お疲れ様です! 冬馬さんっ」


 その覚悟と決心を持って向かった先で、俺を待っていたのは幸奈だった。


「ちゃんと一人で来ましたよね?」

「ああ……だけど、どうしたんだ? 一人で来いなんて」


 幸奈の方も幸奈の方で、一人で来ているようだった。片手に持ったレジ袋が気になるが、それ以外は特に何の含みも無いように思える。


「お礼ですよ、お兄ちゃんをまともにしてくれた」

「白崎を?」


 俺自身は何かをした覚えはない。だが、確かに最近問題を起こしているようには見えないし、鬱陶しい馬鹿笑いも聞こえてこないような気がしていた。


「はい、一週間くらい前、半分くらい赤点だったテストを持って帰ってきて、お母さんと喧嘩した後から、すごい勉強を頑張り始めて……最近はサッカー部に入るなんて言い出してるんですよ!」


 嬉しそうに幸奈は語るが、それは親御さんの説教が通じたのではないだろうか?


「……まあ、何にせよ良かった。お礼っていうのはそれか?」


 ここで押し問答をするのは上策ではない。彼女の言い分を軽く受け流してから、俺は気になっていたレジ袋を指差す。


「あ、これ気になっちゃいます? これはお礼っていうよりも、お礼の予備ですね」

「予備?」

「はい!」


 俺の問いかけに、彼女は笑顔で答えてレジ袋を持ち上げる。


 ハイセンスな服装をしている幸奈と不釣り合いな、ドラッグストアとかで貰える安っぽいレジ袋だった。中身は想像もつかないが、四角くて長細い形からして、ちょっと高いお菓子とかそういうものだろうか?


「ここで渡すのは恥ずかしいですし、ちょっと歩きましょうか」

「っ……」


 そう言って、幸奈は俺の手を握る。あまりにも唐突なスキンシップに、心臓が跳ねるのを感じた。


「ちなみに冬馬さんって、まだ付き合ってる人とか、好きな人いませんよね?」

「っ!? ゲホッ! ゲホォッ!!」


 ゲーセンを出たところで、いきなり突拍子もない質問が飛んできて、俺は盛大にむせた。


「い、一応いるけど……こないだ玉砕したよ」


 即座に千桂の顔が浮かぶが、俺はあいつが友達としか見ていない事を知っている。


「ふーん、じゃあ好都合ですね」

「は?」

「いえいえ、こっちの話です。とりあえずよさげな場所を探しましょう。ネカフェとか、カラオケボックスとか」


 彼女の意図が分からないまま、俺は幸奈の隣に並んで街を歩き始めた。

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