第55話 週末までにはなんとか調子を戻しておきたい。

「はぁ……」


 次の日、俺は机に突っ伏していた。


 別に寝不足だとか、疲れてるとかそういうのじゃない。昨日、幸奈に情緒をぶっ壊されたのだ。これでシャッキリしているほうがおかしいだろう。


「冬馬、大丈夫……?」

「え……?」


 そんな俺に、千桂は声をかけてくる。あの後は田中と二人でフードコートに行っていたということだった。


「もうお昼だけど、購買行かない?」


 どうやらチャイムが鳴っていたらしい。俺は無理やり体を起こして立ち上がる。頭が未だにふらふらとして倒れそうだ。しかし千桂の手前、あまり変な動きはしたくない。


「っ……ああ、買いに行くか、パン」


 メロンパンは無理だ。昼休憩のチャイムと同時に席を立たなければ間に合わない。足元がおぼつかない今、パンを買えるかどうかという問題になっていた。


「わわっ、冬馬!? ふらふらだけど大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと頭がぼーっとしてるだけだから」


 そう、何もなかったのだ。


 全てはラップという、0.1ミリにも及ばないような膜によって防がれ、俺はキスも何もしていない。ただ昨日は幸奈とカラオケをしただけだ。


 自分にそう言い聞かせつつ、どうにも安定しない足取りで廊下を歩き、千桂と一緒にクリームパンを買って席に座る。


「今日ずっとぼーっとしてるけど……あの後、なにかあった? もしかして、女の子と会ってたとか? 告白されたとか?」

「いや! なんもない。そういうことはなんもなかった!」

「ほーう? まあいいでしょう。そういう事にしておきましょう」


 見透かすような言葉に思いっきり動揺しつつ、両手を振る。むしろ怪しさ満点の行為だが、千桂は追及するつもりはないようだ。


「ところで、次の休みに夏服を買いに出かけたいんですが、一人で荷物持つのが大変なんですよねえ」


 ……追及するつもりはないが、それならそれで対価を払え、という事か。


「分かった。石倉も呼ぶか」

「ええー、冬馬は石倉くんも巻き込んじゃうんですかね?」


 あくまで俺の問題だから俺が何とかしろ。って事か、仕方ないな。


「……俺一人でお供させていただきます」

「うむ、くるしゅうないですぞ」


 やった事をそのままいうのは簡単だし、幸奈の言う通り誰に憚る事でもないのは確かだ。


 でも、やっぱり俺は千桂に昨日の件を知られたくなかった。


 未練がましいと言えばそうなんだろう。誠意がないと言われれば返す言葉もない。だが、千桂には俺がフリーだと思われていたかった。幸奈と付き合ってる訳じゃないし、付き合っていない男女がするにしては、昨日のは刺激的過ぎた。


「ふふっ、中間が終わって、初めてのお出かけだね」

「あ、ああ……」


 俺の返答に納得したのか、千桂は満面の笑みでこちらを見る。


 その顔に一抹の罪悪感を覚えつつも、俺は千桂と二人で行くことになるのでは? と思い至って気分が上向くのを感じていた。

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