第56話 なぜか千桂の機嫌が露骨に悪くなった。
気分がもやもやした時はゲーセンで音ゲーをやる。いつものルーチンで、特に意識をする事は無い。
だが、よくよく考えればそれは迂闊な行動だった。
「冬馬さーん」
「……」
そうだ。俺がよくここにいることは、幸奈にはバレているのを忘れていた。
ニコニコと俺を覗き込んでくる幸奈から視線を逸らしつつ、缶コーヒーを傾ける。視線が気になって味はよくわからない。
「もしかしてこの間のやつ、意識しちゃってます?」
「……」
意識していないわけが無いだろう。というかようやく脳の処理が追いついて恥ずかしさやらなんやらが沸き上がってきた段階だ。
ラップ越しとはいえ、明確な好意を向けられたのだ。それに応えないで黙っているのは、何とも格好が悪い。
「意識しなくていいですよ?」
「え?」
そんな俺に、幸奈は見透かしたかのような言葉を投げかけてきた。
「私がやったのは、お兄ちゃんのお礼で、それに応えて欲しいとか、そういう話じゃないんで、まあ冬馬さんが好きになってくれたら、それはそれでうれしいなーとかは思ってますけど……冬馬さんがギクシャクしてるのは、本意じゃないというか」
そこまで言われて、年下の気を使われてる事実にちょっと情けないと思いつつも、心が軽くなるのを感じた。
「ああ、ありがとう。でも、気持ち的にはまだ――」
「切り替えられない。ですよね?」
言いかけた言葉を、幸奈がそのまま引き継ぐ、彼女の方を見ると、静かに笑っていた。
「いいですよ、待ちますから」
「……助かる」
そんな返答しか、今は出来ない。
フラれたことが分かっても、友達でずっといてくれることが分かっても、未練が残っている事を情けないと思いつつも、しばらくは、この宙ぶらりんな状況でいさせてもらおう。そう思った。
「あ、そうだ、次の休みなんですけど、予定空いてます?」
話が一区切りしたので、幸奈は新しい話題を振ってきた。
「いや、悪いけど友達と買い物行く予定なんだ」
「ちなみに、二人でですか?」
「ん? ああ、そうだけど」
「女の人だったり?」
「よく分かるな、夏服買いに行く予定なんだ」
「ふーん……」
あ、なんか変な雰囲気。
「わたしも行こうかなー」
「ん? いいんじゃないか? 俺は荷物持ちで行くつもりだけど、一人分くらい余分に荷物持てるだろ」
なんせ高校生と中学生の小遣いなんて、たかが知れている。手が二本もあるんだから十分だろう。
「えー! いいんですかぁ!? じゃあ当日はお願いしますねっ」
「あ、ああ……?」
妙に甘ったるい声で話す幸奈に違和感を覚えつつ、俺は千桂にその旨を書いたメッセージを送っておいた。
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