第27話 トールバニラアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップ抹茶クリームフラペチーノください。

 やっぱり綾瀬は苦手だ。


 苦手だけど、嫌いとはまた違う。いや、ちょっと前までは嫌いだったんだろうけど、今は違う。


「やっぱりそうなんですね! 球技大会の時なんて、冬馬は後半だけ参加して、すぐに石倉くんのアシストで三点取っちゃうし、ただもおじゃないと思ってましたよ楓姉さん」

「ふふ、そうなの、冬馬くんは何でもすぐに人並み以上にできちゃうタイプでね」


 俺が恥ずかしさで居心地悪くしている間にも、いつの間にか綾瀬と千桂は仲良くなっていた。というか千桂、何その呼び方……


「ちょっと心配だったけど、あなたがいるなら安心かな? 千桂ちゃん。冬馬くんをよろしくね」

「勿論です! プロですから!」


 なんのプロだよ……


 心の中でツッコミを入れつつ呆れていると、綾瀬が立ち上がる。


「じゃあ、私はこれから塾に行かないといけないから、またね」

「はい! 頑張ってくださいね」

「ああ」


 塾か、綾瀬でも通うんだな。


 昔から、彼女は努力をおくびにも出さずに結果のみを残してきた。その姿を改めて見せつけられたようで、また少し恥ずかしさを感じる。


「あのー、ごめんね、冬馬」

「別にいい」


 むしろ、ここは感謝するべきなんだろうか、今まで腐っていた俺が恥ずかしい。比べられるのは仕方ないとしても、それで頑張ることを放棄するのは、間違っていた。

 約一年間のブランクは大きいだろう。それでも、俺はもう一度頑張ってみよう、という気分になっていた。


「この髪型も、すっきりさせるか」

「えっ!? そ、それはダメ!」


 ボサボサの伸び放題になっている前髪を掻き上げようとしたところで、千桂に止められる。


「え、なんで?」


 以前この髪型を変えたらどうか、と言ってきた千桂にしては、変な答えだった。


 それにいうのは恥ずかしいので絶対に言わないが、千桂に釣り合うようにするためには、こんな髪型じゃ無理だと思う。見た目も気にするべきだ。


「ライバルが増え――んぐっ、ほ、ほら、急に見た目がかわるのは、周りが驚くじゃないですか!」

「そうか?」

「そうです!」


 なんか言い方に違和感があるけど、まあ確かに見た目だけ変わってもしょうがない気がするな。


 見た目は後回しにするにしても、地道にまた積み上げるんだ。それが報われなくても、一番じゃなくても……


「しかし、もう本気を出すのはやめよう。そう決めたのにお前はさあ……」

「え、どういう事です?」

「ありがとうって事だよ」


 恐らく千桂と会えなければ俺はずっとこのまんまだった。心の中にあった靄は、千桂の底抜けの明るさで晴らされたのだ。


「むむ、なんだかよくわかりませんが、千桂ちゃんはまた何かやっちゃいました?」

「ああ、だからフラペチーノ奢ってやるよ」

「えっ良いんですか!? わーい!」


 砂糖を五個くらい入れてなお減っていないコーヒーを見て、俺は苦笑した。苦いのが苦手なら、背伸びする必要も無いだろうに。



「あら、また一〇〇点? 流石は自慢の娘ね」


 答案用紙を持って、お母さんは私の頭を撫でる。


 その手はあったかくて大好きだ。褒められるのは嫌いじゃない。


「それに比べてあの子は……」


 お母さんがリビングの方を見る。そこにはFPSに夢中な私の兄が居た。


 ゲームは嫌いじゃないし、お兄ちゃんの事も嫌いじゃない。


「はぁ!? ちっ、味方クソ過ぎだろ、チンパンジーじゃねーか、死ねよ」

「こら彰斗っ! またそんな言葉ばっかり言って! そもそも宿題は――」

「あー、うるせえうるせえ! ゴールデンウィーク中だから宿題とか最終日にやりゃいいだろ!」


 でも、ゲームで汚い言葉を使うお兄ちゃんと、お兄ちゃんを叱るおかあさんは嫌い。


「あんたも少しは妹を見習いなさい!」

「やだよ、だったら優秀な妹にだけ構ってりゃいいだろ!?」


 そして、私を喧嘩の種にする二人はもっと嫌い。


「塾の自習室行ってくるね」


 私はそれから逃げるために、嘘をつく。


 自習室なんて行かない。行くのはゲームセンター。そこでは、私の憧れが居た。

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