第37話 ポジティブ念力って何だよ。
席に戻って荷物を片付け始める。千桂はもったりとした動きで起き上がると、カフェオレをちびちびと飲み始めた。
「あー……甘さが脳に響きますなあ」
彼女の幸せそうな表情を見ていると、こっちも心が穏やかになるのを感じる。それと同時に、もし千桂と会わなかったら俺はどんな高校生活を送る事になったのだろうか、と不安に思わずにはいられなかった。
なんだかんだ、こいつと知り合ってからもうすぐで一か月だ。ということは二〇日かそこらで、俺の心にあったもやもやを吹き飛ばしたという訳で、千桂の力は凄まじいものがあった。
そう考えると田中もだが、石倉の立ち直りの早さも見習うべきかもしれない。なんだかんだ言って、腐っていた俺には勿体ないような連中が、一緒にいてくれるのは素直に嬉しかった。
「ねえ……冬馬」
「どうした?」
カフェオレでかなり回復してきたのか、千桂は突っ伏した姿勢から起き上がっていた。
「冬馬を、悪く言わないでね」
「……は?」
そんな彼女から言われたのは、すぐには理解できない言葉だった。
俺自身の悪口を言うな、って事か? そうは言っても、外側からしか見えないお前と違って、俺は俺自身の汚い部分とか、劣っている部分はよく見えている。仕方ない事だろう。
「わたしは、君が頑張ってるの、よく知ってるから。冬馬がそれを知らないの、とっても悲しいよ」
「……」
俺は、頑張ってなんかいない。
できないことに対しては斜に構えて逃げていた。漫画っていう目標に、まっすぐ頑張ってる田中を見ていると、余計そう思う。
もしかすると、中学時代の「折れる前」なら、頑張っていたって言えるかもしれないが、今は違う。
「悪い、まだそんな風に考えられない。」
心のどこかで、千桂も、田中も石倉も、綾瀬も俺に対して一種の「憐み」を感じているから、一緒にいてくれるような気がしている。
だってそうだ、千桂もきっとほかの友達と一緒にいる方が楽しいだろうし、石倉もバスケ部っていう居場所がある、田中は目標に向かって頑張ってる真っ最中だし、俺は誰かの一番足りえない。
「ね、冬馬……手を出して」
千桂が言うと、俺はそれに応じて右手を差し出した。
彼女はその手に両手を絡めて、ぎゅっと握った。その手は暖かくも冷たくもなく、俺と千桂が同じ人間であることを強く意識させた。
「むむぅー……」
「っ……」
心臓の鼓動がかつてないほど高鳴っている。
顔が熱い。
呼吸が落ち着かない。
ああ、これはダメだ。完全に俺は、千桂のことが好きだ。
「……はぁっ!」
「うおっ!? ……?」
どうしようもなく分不相応な感情を自覚した瞬間、千桂は大きな声で気合を入れ、俺の手を揺らした。
「ふっふっふ、どうです? 千桂ちゃんのポジティブ念力を受けた感想は、弱気は吹っ飛びましたか?」
ゆっくりと手を離して千桂は笑う。その顔を見たからには、俺はもうこう言うしかなかった。
「……ああ、もう大丈夫だ」
心の中ではまだ自分に対する劣等感は残っている。だけどそれは表に出さないようにしよう。
俺なんかのためにこんな顔をしてくれる人のためなら、それくらいは出来る。
「よしっ! じゃあ明日も私たちの赤点回避のためによろしく頼みますぞ、冬馬どの!」
「そのキャラ何なんだよ」
思わず笑いを漏らしつつ、俺はもう一つ決心していた。ポジティブ念力とやらを受けたからには、あいつらにも正面からぶつからなきゃならないだろう。
白崎兄妹と。
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