第16話 料理の味は分からなかった。

 田中の提案で、屋内をゆっくりと流れるゆるやかなコースターを乗った後、俺たちは昼飯を食べようかと思ったが、何処も店は混みに混んでいた。


「もう一本くらい乗って時間ずらした方が良いな」

「えぇーっ!? もう俺腹減っちゃったよ」


 俺の提案に石倉が声を上げる。ああ、そうか……こいつは間食してないんだった。


「じゃ、じゃあ! わたしが飴をあげましょう!」


 そう言って穂村はバッグから飴を取り出す。白いパッケージに、毛筆で漢方薬の名前がでかでかと書いてある。女子高生のカバンから出てくるにはあまりに生活感のあるチョイスだが、飴なのは間違いない。


「おお、千桂ちゃんありがとう! ……碓井、千桂ちゃんから物貰っちゃったぜ」


 嬉しそうに耳打ちしてくる石倉に俺はチュロスの一件を伝えようかと思ったが、穂村が全力で両手をバッテンしていたので、言うのはやめておいた。


「……よかったな」


 何はともあれ、こいつにとっては幸せな勘違いなんだ。俺は祝福しよう。田中も困ったように笑っている。


「さて、じゃあ一つ回るにしても、どうするか……」


 時間をずらすためとはいえ、あまりに並ぶアトラクションは俺たちの腹具合も危ない。丁度いい感じに時間も潰せて、そこまで並んでいなくて、ある程度エキサイティングな奴って言うと……


「コーヒーカップに乗るか」


 俺は丁度見えた待ち時間の少なそうなアトラクションを指す。


「お、いいな、全力で回してやるわ」


 のど飴をコロコロと転がしながら石倉が肩を回す。お前昼前なんだから酔うまではやるなよ……?


「おおっ、いいですね、私も全力出しちゃいますよ!」


 そう言って穂村もガッツポーズをする。もしかして、コーヒーカップの選択間違ったか?


「うおおおっ! 飴を食べた俺は百人力!」

「ごーごーっ!」

「が、頑張っていきましょう!」


 なんかものすごい不安な気がするが、田中もなんか張り切ってるし、これは諦めて全力で回すしかなさそうだ。どうせ腹には吐く物も入ってないしな。



「……」


 ピークが過ぎ、ある程度空いたレストランで、俺たちはファンシーな料理が書かれたメニューとにらめっこしていた。


「回し過ぎたな」

「で、ですね……」


 田中が青い顔をしている。あまりに回転が速く、こいつは乗っている間、頭が外側にはみ出したまま戻らなくなっていた。


「まさかあそこまで速くなるとは……この千桂ちゃんの目をもってしてでも見抜けなんだ」

「飯食う前でよかったぜ、本当に……」


 なんだかんだで全員がグロッキーになっていた。このメンバーで、ちょっとでもエキサイティングなアトラクションに乗ると、死ぬ法則でもあるんだろうか。


「とりあえず、飯食うか」


 食欲ないけど。


『おー……』


 元気のない返事が返ってきて、午後はゆったりとした物に乗ろうと決意するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る