第15話 石倉には黙っておくことにした。
あの後、石倉はトイレに向かい、穂村は飲み物を買いに行ったので、俺と田中は二人が戻ってくるまで待つことにしていた。
「まさか、みんな苦手だとは思わなかったですね」
「ああ、見栄と勘違いと我慢で全員が言いだせなかったとはな」
遊園地は回り始めたばかり、昼食にはまだ少し早い。かといって時期を伺って滅茶苦茶混んでる時にクソほど並ぶのも避けたい。そんな時間帯だ。
「ところで、さ」
こんな楽しい時間に、水を差すようで気が引けたが、俺はどうしても田中に確認しておきたいことがあった。
「白崎に言われた事、大丈夫だったか?」
「え?」
あの日、俺はどうすればいいか分からなかった。感情に従って殴り飛ばせばよかったとも思うし、堪えて問題を大きくせずに済んでよかったとも思う。
何にせよ、あいつとはなるべく距離を取るように努めたい。
「ああ……まあ、言われるのは覚悟してましたんで、えへへ」
苦笑する田中を見て、俺の心に無力感が押し寄せる。
「でも、あそこで碓井さんがすぐに駆け寄ってくれたのは、嬉しかったです。ありがとうございます」
「……なんで、そんなに前を向けるんだ?」
田中は小柄で、すぐにでも折れてしまいそうなほど弱々しい。だが、彼女は俺よりも強い。そう思った。
「頑張ってきたことを、その出来だけで馬鹿にされたんだぞ? もっと怒ったり、やる気をなくしたりしないのか?」
俺はずっとそうだった。
どれだけ頑張っても一番になれず、比較され、馬鹿にされ続けてきた。それは俺にとって、やる気を萎えさせる。
「うーん、僕も言われたときは傷つきましたけど、結局辞められないんですよね。漫画を描くの。そう考えたら、気にしててもしょうがないかなって」
「……」
田中は自信なさげに笑う。その表情の向こうには、一体何があるのだろう。
「碓井さんも何かあるんじゃないですか? 好きな物。僕の漫画も、それと同じ――」
「おっまたせー! おいしそうなのあったからみんなの分も買ってきたよ!」
言葉を遮るように、穂村が意気揚々と戻ってくる。その手には、ストローの刺さったプラスチック製のでかいコップと、紙袋があった。
「碓井くんちょっとジュース持ってて……っと、ほい! チュロス―!」
紙袋の中身を高らかに宣言する。四本の星形をした焼き菓子が、白い紙に包まれていた。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう――四本も買ったら結構値段したんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫! 遊びに行くって言ったらお母さんがお金持たせてくれたので!」
ほい、ほい、とチュロスを俺と田中に渡すと、代わりにジュースを受け取って穂村はそれに口をつける。
「さー碓井くん! 次はどこに行くんです? 絶叫系は無いにしても、お化け屋敷とか色々ありますよね?」
「何にしても石倉が戻ってきてからだな――」
言葉を切ってチュロスをかじる。サクサクとした食感と、優しい甘味が口の中に広がる。
二人も俺にならってチュロスをかじる。穂村は気に入ったようで、結構なペースで一本食べ終わっていた。
いっぽうで、田中と俺はじっくり味わうように、一口ずつ食べる。
「結構美味いな、これ」
「はい、美味しいですね」
「……」
穂村はそんな俺たちを見てじっとしている。なんだ、どうした?
そして、彼女は徐々に視線を手元にある石倉の分である最後の一つへ視線をずらしていく。おい、お前……
「はぐっ」
チュロスにかぶりつく穂村。彼女の金で買った物だけに、文句は言えないものの、俺と田中は唖然としていた。
そういう訳で、俺と田中が一本食べる間に穂村は二本食べ、満足げにジュースのストローに口をつけるのだった。
「ふう、まさかトイレすら並んでるとは思わなかったぜ……おっ千桂ちゃんも戻ってたか、じゃあ、次の場所回ろうぜ!」
「そ、そうだねっ! いこっか! 碓井くんに田中ちゃん!」
「……あ、ああ」
「そうですね、あはは……」
戻ってきた石倉に、まるでチュロスなんてなかったかの様に振る舞う穂村を見て、俺も田中も苦笑いするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます