第17話 木馬から落ちても落馬というのかは知らない。

「メリーゴーランド!」


 食事も終え、元気を取り戻した穂村が唐突にテーブルを叩いた。


「メリーゴーランドなら失敗しようがないですし、絶対楽しいのでこれにしましょう!」


 手元のパンフレットで位置を確認すると、確かにここから位置も近い。辺りを見回すと視界の範囲内にあり、遠目に見る限りそんなに並んでいなさそうだった。


「えー……この歳になってそれはちょっと恥ずかしくねえ?」

「ぼ、僕は良いと思いますけど……」


 渋る石倉と、期待を込めた視線を俺に送る田中。別に穂村が生きたいって言ってるんだから行けばいいだろうに。


「別に好きにすりゃ――」

「むぅ……」


 言いかけて、穂村の視線に気が付く。妙にジトっとした視線だが、そんなに乗りたいんだろうか。


「まあ、良いんじゃないか、ジェットコースターとかコーヒーカップよりは安全だろ」

「ああ……確かに……」


 俺の言葉に、石倉は実感の篭った口調で同意する。分かってくれて助かる。


 正直なところ、対象年齢は小学生くらいの気分だったが、この流れでコースター系の運動が激しい奴とか、ゴーカートみたいに自分で動かす奴は、絶対にヤバいと脳が訴えていた。


「ではでは、お片付けを済ませたら並びに行きましょう!」


 妙に威勢のいい穂村に連れられて、俺たちはフードコートを後にする。



 遠くから見た目測とは違い、メリーゴーランドは死角に長蛇の列が出来ていた。それでも何とか夕陽が差し始めるころには乗れたのだから上々だろう。


「どうぞ次のお客さまー」


 ガイドさんに促されて、俺たちは各々木馬に腰掛けたりまたがったりする。


「碓井くんはそこ!」


 どれに跨ろうかと歩きながら考えていると、穂村がビシッと指差した。茶色いたてがみの無機質な瞳がその指を映している。


「お、おう」


 気迫に押されて俺は言われた通りの馬にまたがる。


「そしてわたしはここ!」


 そう言って、穂村はすぐ隣の木馬に腰掛ける。


「じゃあ俺と田中は――」

「すみません、もう少し奥へ詰めてください」


 石倉が近場の木馬を探そうとしたところで、案内員さんが彼らを別の場所へと押していく。


「ととっ……しゃーない、また後でな!」

「ああ」


 押されていく石倉と田中を見送って、俺は穂村に視線を送る。


「っ……」


 穂村は俺の視線に気づいていないようだった。


 その表情はどこか思い詰めているようにも感じるし、自分を奮い立たせているようにも見えた。


「穂村?」

「へっ!? な、何でもないですよっ!」


 メリーゴーランドすら苦手なのか不安になり、声を掛ける。


 ……いや、穂村自身から提案しておいて、それは無いと思うんだが、いかんせん石倉のジェットコースター事件があるからな。油断は出来ん。


「大丈夫か? 乗ると酔うとか、そういうのなら早目に言えよ」

「だ、大丈夫! そういうのじゃないから!」


 そう言って穂村は木馬から伸びるポールをギュッとつかんだ。やはり苦手なのでは?


「……えっと、碓井くん。この後――きゃっ!?」


 何か言いかけた時、木馬が音楽と共に動き始めた。


「どうした?」

「え、えーっと、そのー……」


 緩やかに上下して、外の景色が目まぐるしく移り変わる。


 そんな中、穂村は顔を赤くして、ポールを更に握りこんで、言葉を探すように目を泳がせている。


「こっ!!」

「こ?」

「この後! 二人で観覧車に乗らな、乗り、ま、せん……かっ!?」

「あ、ああ、いいけど」


 何を言い出すのかと思えば、外の景色も、ちょうど今から乗ればいい感じに夜景も見れるだろう。


「……やったー」


 確かにジェットコースターは田中と一緒だったしな、二組ペア作るなら俺と穂村になるだろう。それにここは港湾地区だから夜景は折り紙付きだ。そう考えると、ベストな選択に思える。


「じゃ、降りたら石倉達にも話しておくか」

「そうですねっ! 是非、そうしましょう!」


 穂村は満面の笑みで力強く両手でこぶしを握る。


「あ……」


 その姿勢をしたという事は、両手をポールから離したという事で――


「あわわ、わぁっ!? ――っぶなぁ……」


 何とか落馬は免れた穂村だった。

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