第32話 そう言えば犬アレルギーだった。

 ゴールデンウィーク明け、新生活にも慣れてきて、その結果「あれ、この生活そんなに楽しくないな?」って気づいちゃった奴らが憂鬱な顔して席に着いているのを尻目に、俺は白崎の動向をそれとなく追っていた。


「あー、怠すぎ、昨日クソみたいな味方に当たってダイアから落ちたし、帰ったらランク上げないと……」


 どうやらFPSゲームの話題らしい。幸奈はそれを一緒にやる仲間を探しているのだろうか。


「まーじで味方にチンパンジー一人いると難易度上がるよな、俺もやってるけどプラチナがやっとだし」

「ボイチャで連携できねえのがキツイ。頭悪い奴が居なけりゃ普通に勝てるのによぉ」

「……」


 確かに、あいつは一緒にゲームをやる相手を探しているというのも確かなようだった。


 SNSを開いてそのゲームについて話しているアカウントを探す。アイツの性格上、年齢とか地域もプロフィールに書いているだろう。あとは昨日ランクが落ちたという旨のツイートを漁れば……


 日時指定して「ゲーム名、ランク、落ちた」で検索する。見つかる確率はそう高くはない。鍵垢の可能性もある。そのうえそもそもSNSをやっていなければ、徒労に終わる。しかし、プロフィールを漁っていけば、目当ての物はすぐに見つかった。フォローフォロワー比も同数に近く、プロフィールにある年齢も住所も、こっちの情報と整合性が取れている。


 アカウント名をコピーしてブラウザを立ち上げ、アカウントから紐つけられるアプリ版ではなく、ログインしていないブラウザ版でユーザーページをブックマークする。これで相手の動向を知ることができるだろう。


「おおっ、早速悪い事をしておりますな?」


 確保が終わり、発言を遡って幸奈の真意を探ろうとしていると、千桂がスマホを覗き込んできた。


「悪い事じゃない。誰でもできる事だ」


 直接問い詰めたり、探りを入れれば警戒されてしまう。かといって携帯をハックしたりは技術的に無理だし、犯罪だ。俺にできる安全圏の事って言うと、アカウント特定とそれの監視くらいだ。


「あんまり話して怪しまれるとマズい。この話は後でだな」


 小声で俺がそう言うと、千桂は了解してくれたようで、話を打ち切った。


「……ゴールデンウィーク中、なんかあったか?」

「ん、別にー、ずっとハナコ――あ、飼い犬なんですけど、それをずっと愛でてました」


 そういって千桂は写真を見せてくれる。巨大で真っ白な、モフモフとした犬に埋もれている彼女が映っていた。


「可愛いでしょー? えへへ」

「ああ、たしかに可愛いな」


 犬もさることながら、満面の笑みで犬に埋もれている千桂も可愛かった。


「今度おうちに招待しましょう! ハナコのモフモフを存分に楽しんでもらいたいので!」

「楽しみにしとくよ」


 ずいぶん人懐っこそうな顔をしているし、きっと誰にでもすぐ仲良くなれるタイプの犬なのだろう。


「……」


 いや、ちょっと待て、今もしかして女子の家にお呼ばれしなかったか俺。


 異常事態に脳が一気に覚醒するが、それによって思い出がフラッシュバックする。間接キスの時も、こんなノリで距離詰められたっけ。


「千桂――」


 気軽に男を家に呼ぶなんて言うな。そう指摘をしようと彼女の方を向くが、それ以上の言葉は出なかった。


「? なんです?」

「……なんでもない」


完全に分かってない顔だった。

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