第33話 ノート取っといてよかった。

 授業は長期休暇の前よりもずっと退屈になっていた。


 多分これは俺がこの生活に慣れたからこそ、と言うべきなのだろうか、いわゆる五月病という奴が、実感として身体に押し寄せてきていた。


 何とか退屈さを噛み殺して、授業をすべて終えると、俺達四人は放課後の空き教室でゴールデンウィーク中の話をしていた。


「え、じゃあ、あの写真にあった可愛い子って白崎の妹なの!?」


 石倉が声を上げる。今日はバスケ部の練習が無いらしい。


「そうらしいぞ、上手く仲良くなればお近づきになれるかもな」


 適当な軽口を叩いてみるが、石倉は意外にも渋い顔をした。


「いやー……あいつとは合わねえわ、帰宅部だし、何考えてるか分かんねえもん」

「俺も帰宅部だけどな」


 腕を組んで首をひねる石倉にそう返す。帰宅部が理由なら、俺との付き合いがあるのはおかしいという訳だ。


「いや、碓井はバスケ上手いし」


 お前はバスケできるかどうかで人区別してんのか、とツッコミを入れそうになったが、まあなんにしても石倉はあてになりそうになかった。


「でも、碓井さんはどうして幸奈さんの事を気にかけるんですか?」

「……分からん」


 助けを求められたから、というのが一番の理由だと思っていたが、よく考えたら、そんな事で俺は誰かを手伝うなんて事は、無かったはずだ。


 だとすれば、俺の中で何か変化があったか、別の理由があるかのどっちかだが、心当たりは特にない。


「ふっふっふ、田中ちゃん、それはですね……冬馬は困ってる人を見ると放っておけない人なんです」

「いや、それは無い」


 千桂が自信満々に答えたのを見て、俺はすかさず否定する。


 そもそも俺は比較や競争から逃げてきたんだから、こいつら以外とは碌に関わってないし、交友関係を広めようとは思っていない。


 たしかに、これから変わっていこうとは思ったものの、幸奈の件に関しては特に意識していなかったので、当てはまらないはずだ。


「ああ、なるほど、お前なんだかんだ親切だもんな」


 しかし、石倉の口から出たのは意外な言葉だった。


「そうですね、僕も助けられましたし……そういう事ならお手伝いしましょう」


 田中の口からも予想外の言葉が帰ってくる。なんだ、身に覚えのない悪評は困るが、身に覚えのない評判も気持ち悪いぞ。


「そういう事ですんで! みんなで協力して幸奈ちゃんが何をしてほしいのか探ってみましょう!」


『おーっ!』


 いや「おーっ!」じゃなくてな。なんでこいつらこんなに俺を持ち上げてるんだ。というか――


「その前に、お前ら中間のテスト勉強は進んでるのか?」


『え”っ……』


 俺以外全員の時間が止まった。もしかしたらそうじゃないかと思ったんだが、こいつら全員勉強できない組か?


「ま、まだ二週間あるし……」

「二週間何もしなかったらそのままテスト受ける羽目になるぞ」

「バスケ部の練習が……」

「テスト期間近くなったら部活休みだろ」

「漫画を描くのに忙しくて……」

「赤点取ったら漫画描く時間更に削れるぞ」


 各々の言い訳を一つずつ潰していくと、やがて沈黙が訪れた。まさか三人ともテスト対策を何もやってないとは思わないだろ、普通。


「……古文から始めるぞ」


 知り合いが赤点取ってひーこら言っているのを見てるだけっていうのも寝覚めが悪いしな。おれは大きく溜息をついて、四月からのノートを取り出した。


「むっ、さすがですね冬馬」

「碓井、もしかしてお前神か?」

「あの……ありがとうございます」


 頼る気満々の三人に、俺は苦笑しかできなかった。

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