第62話 危なかった。
テーマパークの近くには、アウトレットモールが建てられており、それのどちらか、あるいは両方を回るのが定番のコースだ。
俺自身も、何度か母親に連れてきてもらったことはある。
「友達と来るのは初めてね」
「楓姉さんもそうなんですか?」
「ええ、基本的にハイブランドのものには手を出さないので」
「と言っても、高いほうには行かないだろ」
このモールは学生でも手の届く価格帯のものから、一着数万円する価格帯のものまでで、綺麗なグラデーションを描くように配置されていた。
出入口は二か所あり、片方から入れば徐々に高くなり、逆から入れば徐々に安くなるという訳だ。もちろん俺達は徐々に高くなる方――つまり、低価格帯の店が並ぶ方から入る事にしていた。
「ええっ、でも私、お気に入りのブランドがそっちの方にあるんですけど」
幸奈がそう漏らしたのを聞いて、俺は思わず彼女を見ていた。たしかに、パンク系に近い彼女の服は、安物ではなさそうだ。実は白崎の家、結構な金持ちだったりするんだろうか?
「……悪いな、回る先が増えて」
「いえいえ、わたしもそっちの方見て回りたいなと思ってたんで!」
話もそこそこに、俺たちはモールの中に入っていく。入り口には入ってすぐの場所に、ファンシーなぬいぐるみが並んだ店舗が見えた。ああ、たぶん千桂の目当てはあの店だな。
「ふふふ、早速見つけましたぞ! 幸奈ちゃん、楓姉さん、向かいましょう!」
確認するまでもなく、千桂は二人に呼びかけるとそのファンシーショップへとかけていく。俺は三人を追いかける形で店に入った。
「はぁー、ムキャデさんがいっぱいですね……」
「えっ……千桂センパイ、こういうのが好きなんですか……?」
細長いムカデのぬいぐるみが、空樽に何本も刺さっていた。絶妙に気持ち悪く、絶妙に可愛いのだが、普通の女の子はこれを好きにはならないと思う。
「あ、千桂ちゃんもムキャデさん好きなの?」
「はいっ! 可愛いですよね――って、楓姉さんも?」
「ええ、家にネックピローがあって、お気に入りなの」
意外なムカデ……いやムキャデさんファンに、俺と幸奈は完全に引いていた。
「ネックピロー! いいですよね、私もここで売っていればいいなって思うんですけど……」
「ちょっと探してみましょうか。私もせっかく荷物持ちがいるから、抱き枕のムキャデさんが欲しいんだけれど、確かあれって東京本店の限定品なのよね」
「……」
抱き枕には覚えがある。千桂の部屋にあった。
「どうしました? 冬馬さん」
「ああ、千桂の部屋にあったあの抱き枕、限定品だったんだ……って」
大きなムカデのぬいぐるみを担いで電車に乗る千桂の姿を想像して、ちょっと微笑ましい気分になった。
「あれ……? なんで冬馬さんが千桂センパイの部屋にある物知ってるんです」
「……本人から聞いた」
そういう事にしておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます