第61話 夏はとりあえず海には絶対行こう。

 そもそもの話、綾瀬は分かっていないのだ。自分の立場という奴を。


 あんなに人望があって、男子からも女子からも人気があって、成績もいい完璧な人間相手に、対等な態度で接することができるのは、どれほど恐れしらずなのか。


「でも、千桂ちゃんと幸奈ちゃんは呼んでくれるよ? 楓姉さんって」

「そりゃあ……そうだけど、男が言うのと女が言うのは違うだろ」


 視線を逸らして綾瀬から逃げると、ちょうど千桂と目が合った。


「……えへ」


 気恥ずかしそうに笑みを浮かべて、こちらに手を振ってくれる。俺は席を立って、彼女の近くまで歩いていく。


「悪いな、まさか人数が倍になるとは思っていなかった」

「いえいえ、それはもう、しょうがないんでいいですよ」

「というか、何で二人で行きたかったんだ?」


 なんだかんだ、千桂は友達に囲まれてわちゃわちゃしているイメージが強かったので、意外だった。


「いやぁ、実は……」

「実は?」


 両手をもじもじと動かしながら、千桂は消え入りそうな声で話す。俺は話がよく聞こえるように、顔を近づけた。


「そのー……って、わわっ!? ちょっと顔近いですよっ」

「っと、悪い」


 彼女が顔を真っ赤にして慌てるので、俺は元の姿勢に戻る。


 微妙な沈黙が訪れて、何とも気まずい。何とか話を振らなければ。


「それはそうと、夏服ってどんなのを買うんだ?」

「えーっとですね、あんまり決めてはいないんですけど、かわいいのがあったらいいなあって」


 千桂の私服はいつも通り、全体的にガーリーでかわいらしい服装だった。恐らく彼女はこれが似合うっていう確固たる自信があるのだろう。


 確かに彼女の服は、とても似合っている。よく見る余裕がなかったが、いま改めてみると、本当に似合っている。俺の語彙力が死んでいるのが何よりの証拠だろう。


「ああ、千桂は可愛い系よく似合うもんな――」


 そこまで言って、幸奈の言葉がフラッシュバックする。


「冬馬? どうかしました?」


 不思議そうに首をかしげる彼女に、この質問をしていいのだろうか? いや、ちょっと待て、水着だぞ? 露出が多いとはいえ、あの格好は人に見られる前提のものだ。なら、俺が変に意識しているだけかもしれない。


「いや、そのー、幸奈が水着を買うつもりだって話してたから、千桂も買うのかなって」

「もちろん、買いますよ! えへー」


 千桂は笑顔で答えてくれる。うん、どうやら変に意識していたのは俺だけみたいだな。


「夏休みになったら、海にでも行くか」

「むむ、いいですねぇ、スイカ割ったり焼きそば食べましょう!」


 深河駅につくまで、俺たちはこんな感じで他愛もない話をつづけた。

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