第63話 びっくりした。
「さて! じゃあ次のお店に行きましょう!」
首にムカデを巻いた千桂が、高らかに宣言する。
俺はというと、ぬいぐるみと可愛らしい服がぎゅうぎゅうに詰め込まれた紙袋で、既に左手が埋まっていた。一番最初にここを回るのは、失敗だったかもしれない。
というか洋服買いに来たのに、ぬいぐるみの方が要領を食ってるんだけど、ちょっとおかしくないか?
「あ、じゃあ次は私の番ですね。あそこのお店に行きましょう」
幸奈が指さした先には、黒を基調としたパンクファッションのブランドショップだった。店頭にはベルトやシルバーアクセサリーが並んでいる。
「幸奈ちゃん、そんなハイカラな服どこで買ってるのかと思ったら、ああいうお店なんですね」
「そうなんですよ、千桂センパイ。夏に向けて新作がそろそろ出ると思うんで、ちょっと見たいんですよね」
夏の新作……という言葉に、お洒落上級者の空気を感じつつ、店内に入ると、内装も黒光りするリノリウムで統一されており、俺は圧倒された。
品物を見ると、とげとげしいデザインや、身体をぎっちりと絞めるような服が並んでいて、幸奈の服も似たデザインだった。千桂はガラスに張り付いてブレスレットを見ているが、さっきでかなりつかったと思うんだが、財布に余裕はあるんだろうか?
「ちなみに冬馬さんってアクセサリーに興味ないですか?」
ガラスのショーケースに入れられた。銀色の光沢を放つペンダントたちを指して幸奈が聞いてくる。どれもこれも、バイトを始めれば何とか手の届きそうな価格帯で、今はとてもじゃないが手が出ない。それに――
「この見た目でいきなりアクセつけるのも変だろ」
「えー、せっかくなら私とおそろいのを買いましょうよ」
そう言って、幸奈はガラスケースの中の一つを指す。そのペンダントトップは鏡合わせのような形をしており、ちょうど二つで一つになりそうな造形だった。
控えめな大きさで、割とどんな服にも合わせられそうだ。それにこのくらいなら、今の芋っぽい髪型にも合うだろう。
「……」
一瞬買う方向に心が動きかけるが、値段を見て正気に戻る。値札には五桁に届く数字が並んでいた。
「お値段ならこれ、二つでこの値段みたいですし、それに今日ついて来させてくれたお礼って事で、私からも出しますし……どうです?」
俺の考えを見通すように、幸奈は万札をチラつかせてくる。お金持ちだ……!
「あ、お客様それ気になっちゃいます? 当ブランドの主力商品でしてぇ――」
ショーケース前で迷っていると、幸奈と同じような格好をした店員さんが声をかけてくれた。
店員さんはガラスケースを開けると対になったのペンダントを取り出して見せてくれる。
「フォーマルにもカジュアルにも合わせられるから、ペアで使うのにぴったりなんですよぉ、特にこうするとぉ――」
いいながら、店員さんはペンダントトップを重ねて捻った。
「ちょうど一個になるんで、恋人同士の贈り物にぴったりなんですよぉ」
恋人、なあ……
「ダメでーす!」
何か反応する前に、千桂が俺と幸奈の間に割って入った。
「千桂?」
「とにかくダメです! こういうのは付き合ってる人同士で買うべきですので!」
あまりに必死な様子の彼女に圧倒されていると、幸奈が負けじと反論する。
「えー、でも冬馬さんと付き合ってる訳でも無いし、千桂センパイには関係ないじゃないですか?」
「う、うう……」
「いや、待て待て……俺の意志はそっちのけかよ」
言い返せずに唸っている千桂に代わって、ため息交じりに答える。
「買うつもりはないよ、そもそも幸奈と一緒の奴買っても、中学と高校じゃそう会う事もないだろ」
「あ、それは大丈夫です。私、来年は冬馬さんと同じ高校受けるんで」
『えっ』
その場にいる幸奈以外の全員が、口から間の抜けた声を発していた。
「もー、さっきから千桂センパイって呼んでるじゃないですか。だから、来年になったら毎日会えるんで、ペアだっていう意味が出てくるんですよね」
突然のカミングアウトに全員が唖然としている中、幸奈だけが夢見心地のように語っている。
「……と、とりあえず。俺は買う気ないから、自分の買い物をしてくれ」
「ええぇー……じゃあ、服を見てきますね、冬馬さんも似合いそうなのあったらお勧めするんでっ」
情報の洪水に驚きつつ、俺は幸奈を宥めて、買い物に戻らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます