第45話 抗アレルギー薬を飲んでから行った。2

「了解ですよ、頑張っていきましょう!」


 意気揚々とページを開く千桂に、早速教えていく。異性の家に上がってやることがこれか、という落胆が無いわけじゃない。だが、俺が色ボケしたせいで千桂が赤点を取るなんて事にはしたくない。


 何にせよ、俺が浮ついていては千桂に示しがつかない。そういうわけで、俺はより一層真剣に教えることにした。


「この関数は定数が無いからグラフはy=0を通る形になって……」

「ふむふむ、なるほど、そこ勘違いしてましたね」


 何とか今日の数学を終えれば、平均点かそれ以上の点数は取ることができるはずだ。


「はー……やっぱり冬馬は、頭がいいですねえ」

「褒めても何も出ないぞ、あとは課題の問題集だな」


 基礎は教え切ったので、残りは数学教師が出した問題集の課題だけだった。ちょっと疲れてふらついている千桂を何とか奮い立たせて、問題集を開かせる。


「ういー……甘いものが欲しいよぉ」

「ここ千桂の家だろ……」


 欲しいものがあればとってくればいいのに。と思いかけて、異性を部屋で一人にするのは結構勇気が要りそうだな、と思い直した。


「私の家……あ、そうだ」


 おもむろに立ち上がって押入れを開く、その瞬間――


「きゃああああっ!!」

「千桂!?」


 押入れの中に詰め込まれていたガラクタたちが雪崩を起こす。もしかしてしばらく出てこなかったのはこれを何とかしていたのか?


「うう……あった」


 ガラクタの山を無理やり押し入れに突っ込みつつ、千桂はその中からお菓子の箱を取り出す。手のひらに収まるサイズで、青いパッケージにデカデカと柑橘系の名前が書いてある飴だ。


 遊園地の時に見たのど飴のチョイスと言い、女子高生が持つには生活感のありすぎるチョイスだが、見た目より実を取るタイプなのかもしれない。


「これ美味しいですよねー、見た目も可愛いですし」


 俺の想像はいとも簡単に裏切られた。


「なんにしても頑張るぞ、とりあえずこれが終われば最低限は終わるんだ」

「了解です先生っ!」


 甘いものを口に含んで、やる気が復活した千桂は元気よく返事をして、問題集に取り掛かる。俺はそんな姿を見ながら、時計を確認する。思ったよりもかなり早く終わりそうだ。


「そういえば、家の人はいないのか?」


 問題集もほぼ終わり、千桂も調子を上げてきたところで俺はふと気になったことをきいてみた。


「あ、あー、えっと、そのぉ」

「?」


 問題集の手を止めて、千桂はあからさまに狼狽える。


「お父さんとお母さんはお仕事で、お兄ちゃんはPCパーツ見に行くって言って夜まで帰らなかったり……」


 ……え?


 ちょっと待て、もしかして、家にいるのは俺と千桂だけ!?


「そ、そうか、とりあえずそれを終わらそう」

「う、うん!」


 その事実に気付いていないかのように、俺はなるべく平静を装って答える。千桂もそれにならって、何でもないかのように問題を解き始める。


 心臓の鼓動がいやに早く感じる。だが冷静になれ、千桂は俺のことを好きだなんて言ってないし、俺も告白はしていない。だから俺たちは友達の関係だ。変に逸った行動をすると、嫌われかねない。

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