第2話 肉まんの味は分からなかった。

 自分の中では最高の出来だった。

 自分の中では最高の記録だった。

 自分の中では最高の得点だった。


――でも、一番じゃないじゃん。


 いくつもの嬉しかった事は、毎回その言葉に打ち砕かれる。


 どんなに頑張っても、どんなに上手く行っても、結局はそれなのだ。なら、頑張る意味はどこにある? 一番を目指して、その結果そうじゃなかったら?


 馬鹿馬鹿しい。やるだけ無駄だ。


「では、これくらいで授業は終わりにしよう。続きはまた次回。聞きたいことがあれば聞きにきてくれ」

「起立、礼」


 無機質な号令がかかって今日最後の授業が終わる。


 俺は帰り支度するクラスメイトをよそに、先生に授業の疑問点を聞きにいく。


「先生、分からないことが」

「おお、碓井か、お前は毎回聞いてくれるな」


 別に真面目なわけじゃない。クラスメイトと関わらないということは、分からないことは自力で解決しなきゃならないということだ。


 だから俺は、少しの疑問も残さないように授業を聞いている。頼れるのは自分と、頼られるのが仕事の人だけだ。


「――というわけだ。分かったか?」

「ありがとうございました。助かります」


 軽く頭を下げて教室を出る。クラスにはまだ色々と話をしている同級生が居たが、彼らから声を掛けられることは特になかった。


 廊下へ出ると、俺はまっすぐに下駄箱を目指して、帰路に着く。別に急いでいる訳じゃないが、変に誰かと鉢合わせると気まずいのだ。


 そして、いつも通りのコンビニで肉まんを買い食い……しようかと思ったが、レジに立っているのが新人なのか、列が出来ていた。これは迷うな……


 少し自分の胃袋と相談して、並ぶことに決める。食べ盛りの高校生には、コッペパン一つは足りなかった。面倒だが、まあ少し待つくらいならいいだろう。


 列の進みは遅かったが、幸いなことに俺の後ろには一人二人しか並んでいなかった。これなら新人一人でもなんとか捌けるだろう。


 おにぎりとペットボトルを買って行ったサラリーマンに続いて、レジの前まで来る。ホットスナックの棚には肉まんが一つだけ残っていた。


「肉まん一つ」

「ええっ!?」


 俺の後ろで声が上がる。その声には聞き覚えがあった。


「……やっぱりフランクフルトにしてくれ」


 背後でそんな声を上げられては頼みにくい、俺は別のケースに入っていた、大きめのフランクフルトを頼んだ。


 手間取りながら仕事をこなす新人を温かい目で見ながら、俺は代金を渡してそそくさと店を出ようとする。


「にくまん一つください……あっ、碓井くーん、ちょっとまっててね!」


 呼び止められた。


 このまま無視して帰れば、どこかに角が立つだろう。かといって待っていれば、穂村に付き合う羽目になる。これ、詰んでないか?


「おまたせ!」


 思考停止している間に、穂村は買い物を済ませたようで、俺の肩を軽くたたいてきた。


 ああ、これゲームでいう制限時間付きの選択肢だ。だとすればゲーマーとしての正解は無視して帰る方だったか。


「買い食いとは優等生らしからぬ行動ですなあ」

「優等生じゃないからな」

「えっ、そうなんですか? でもみんな言ってますよ、碓井くんは真面目だって」


 真面目になった覚えもないんだけどな……と思いつつ、穂村に話を合わせつつ歩いて近くの公園に向かう。滑り台とよくわからないバネの乗り物、あとはベンチしかない。


 子供の怪我云々に配慮するのは良いんだが、ブランコすらない公園はどうなんだ? と思いつつ、ベンチに二人で腰掛ける。


「いやあ、メロンパンに引き続き申し訳ない」

「別に構わない。これと迷っていたくらいだ」


 相手に気を遣わせないように、適当に返しつつフランクフルトをかじる。パリッとした皮に、肉汁の詰まった身が口の中で弾ける。


「はぐっ……むぐむぐ、でも、碓井くんって誰とも話さないですよね」

「あんまり人付き合いしたくないんだ」

「ええっ!? 寂しいじゃないですかぁ。せっかく高校入って新しい環境になったんですし、お友達増やしませんか?」

「誰かと友達になっても、その後が嫌なんだよ」


 友達を作れば、それはクラスカーストの中に入るという事だ。誰が誰より優れている。劣っている。そういう話は、もう沢山だった。


「まあでも、碓井くんにはこの千桂ちゃんが友達になっちゃったわけですし? 観念するのですよ~」

「……はぁ」


 俺の憂鬱な回想をよそに、穂村は自信満々に胸を張る。


 あまりにもポジティブというか、能天気なふるまいに、自然とため息が漏れていた。


「むむ、やっぱりにくまん食べたかったと見える」

「いや、別に――むぐっ」


 否定を仕掛けたところで、口に肉まんを突っ込まれた。反射的に一口食べる。


「ほらー、これで元気出すんですよー」

「……おい、これ」

「あ、でも私だけ一口あげるの不公平じゃないですか? という事で、ぱくり」


 指摘をする間もなく、穂村はフランクフルトを一口かじって満足そうな顔をこちらに向ける。


「……」

「むふふ、元気出ましたかね? という事で、わたしは食べ歩くので!」


 ビシッと立ち上がり、穂村はもぐもぐ口を動かしながら歩いていく。


 その姿を見送って、姿が見えなくなった後に視線をフランクフルトに落とす。


 いや、これ……間接キスだけど……もしかして、気にするのおかしいのか? 戸惑ってるのは俺だけか?

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