第3話 めんどくさい事になりそうだな、という予感はあった。

 うちの高校では、ゴールデンウィーク前に球技大会があるらしい。なんでも新入生の親交を云々、という話らしいが、別に興味も無いので卓球をするつもりだった。


「すまん! バスケで欠員が出たんだ。碓井出てくれ!」


 早々に初戦敗退してぼけーっとコートを見ていると、クラスメイトからそんな事を言われた。


「他に頼んでくれ」

「いや、もうお前しかいないんだよ! みんな帰ったり勝ち残ったりしててさ……」


 ……ああ、俺も帰った方がよかったか。


「つってもな、人数少なくても、やらせてもらえればいいじゃん」

「う・……頼む、この試合は絶対に勝ちたいんだ」


 俺は溜息をつく。勝利にこだわったところで結果は悲惨なものだ。


「理由は?」

「理由って……誰だって勝ちたいだろ」

「俺は勝ち負けなんてどうでもいい。残念だったな」


 ちょっと嫌な奴っぽいかな。とも思ったが、俺はあえて突き放すように言った。どうせ俺が参加しても勝つ気はないんだ。だったら変に期待させる方が酷だろう。


「……相手のクラスは中学時代バスケ部でエースやってた奴が居てさ」


 スマホに目を落としてソシャゲの周回を始めようとしたところで、クラスメイトが口を開いた。


「俺は全然勝てなかったけど、せめて一回あいつのチームから自分で点を取りたいんだ。人数差があったらそれもできない。協力してくれよ」

「……」


 俺はスマホを鞄にしまって立ち上がる。


 そういうことか。じゃあ、勝ちたいんじゃなくて自分の中に成功を刻みたいんだな、こいつは。

 なんとなく、俺はこのクラスメイトにシンパシーのような物を感じた。


「わかった。よろしく頼む」

「あ、ああ! ありがとう! 俺は石倉、よろしくな」



 体育館は声援と靴の擦れる音、そしてバウンドするボールの音で満たされていた。


 四月末、梅雨も近く雨の降りそうな天気だ。湿気を十分に帯びた空気は、必要以上に汗をかく。


――俺がボールを持ったら、自分がシュートしやすい場所に走れ。


 石倉に言った作戦はそれだけだった。


 勝つことを考えない、一人にシュートを打たせるための試合。それならやりようはあった。


 相手のチームは石倉の言う通り、一人が全員をしっかりと引っ張っているように見える。全員の闘志は十分で、よくパスも回している。得点も〇-三三、ここから勝つのは難しい。


 バスケは実力の差がはっきりと出るゲームだ。お互いに点を入れ合って、その中でいかに相手の得点チャンスを潰すか――ボールを取れるかでゲームが決まる。


 ゴールのネットが揺れて、得点が三五になる。味方はほとんど諦めモードで、試合再開のパスもキレがない。


「っ!」


 パスカットされたボールを走り込んで捕り、ドリブルを開始する。相手がマンツーマンだろうがゾーンだろうが石倉にパスを回す。それさえできれば俺の仕事は終わる。


「くっ……こいつっ、バスケ部じゃないのに……!」


 後半だけの、しかも間に合わせで参加した帰宅部員、そんな奴は士気もテクニックも低いに決まっている。そう侮っていた相手のディフェンスは面白いくらい簡単に抜ける。


 一人をかわしたところで、次のディフェンスが見える。自分のチームは石倉以外、誰も追いついていない。ボールを取られた段階で自分の持ち場に戻る。ゾーンディフェンスの基本的な動きだ。


 挑発するように、しかし不意打ちで出来た相手の戸惑いが立て直されないように素早く相手のコートに切り込んでいく。


「させるかっ!」

「ふっ……」


 ゴール前、レイアップシュートの態勢に入った俺の前に、二人のブロックが入る。そこで俺は、ノールックで石倉へパスを出した。


「……!」

「なっ!?」


 コートにいる俺以外の全員が驚いていた。反応できたのは反射的にボールを取った石倉だけ。


 彼は一瞬で呼吸を整え、高くボールを投げた。


 その高さは、誰一人として邪魔ができなかった。そして、全員がある事を直感していた。


 綺麗な弧を描いたボールは、そこに収まるのが当然というように、ゴールのネットを揺らし、得点板が動いた。



 結局試合は三ー五八、あのあと一点も取れずに終わった。とはいえ石倉は目的を果たし、俺も義理は果たした。これで良いだろう。


 俺はコンビニで買った肉まんを頬張っている。新人はレジ打ちになれてきたようで、行列は出来ていなかった。


「お疲れヒーロー!」

「……」


 聞きなれた声が聞こえて、視線を向けると穂村が居た。


「いやあ、碓井くんがバスケやってたとは思わなかったですなあ……しかもあんなアシスト、石倉君も驚いてましたよ」

「別にバスケをやってたわけじゃない」


 中学時代、色々なことに挑戦し、ある程度の技術は身に着けた。それが役に立っただけだ。


「ええっ! やってないのにあんなに上手なんですか!?」

「石倉とか、他のバスケ部連中の方が上手いだろ。負けたし」


 そう、俺は何を頑張っても一番にはなれない。こんな実力で誇ってはいけないのだ。


「でも、みんな言ってましたよ、目立たなかったけど、実はすごい奴なんじゃないかって」


 勝手な事を言う。そう思って俺は鼻を鳴らした。


 どうせ勝手に期待して、少しでも躓けば馬鹿にしてくるような奴らだ。そんな奴らの言う事は信用に値しない。


「どうでもいい。俺は誰かと関わったり、競ったりするのはもうごめんだ」

「そんなこと言わず~、ちょっとこのもじゃもじゃで暗い髪型を上げてみたらどうです? こんな風に」

「おい、ちょっと――」


 制止しようとしたが、それよりも早く穂村は頭を掴んでいた。ぐいっと手櫛で髪を整えられる。


「……」

「なんだよ……」


 目までかかっていた髪が無くなって、穂村の顔がよく見える。光の加減か、その顔は少し赤かった。


「おい」

「へ!? あ、あわわ、ごめんなさいっ!」


 動かなくなった穂村にもう一度声を掛けると、彼女は慌てて両手を離す。


「大丈夫か?」


 頭をぼりぼりと掻くと、髪型がいつものボサボサに戻る。やっぱりこっちのほうが落ち着くな。


「あ、あー、大丈夫じゃないかもです! 家帰って寝ることにするます!」


 来た時以上に騒がしく、勢いよく立ち上がって穂村は帰っていった。なんなんだあいつは。


「……」


 考えてもよく分からなかったので、俺は肉まんを食い切ってから帰る事にした。

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