頑張ったところで馬鹿にされるなら、もう本気を出すのはやめよう。そう決めたのにお前はさあ!!

奥州寛

第1話 メロンパンは食えなかった。

『あっ』


 メロンパン最後の一個。それに手を出したのは、俺だけではなかった。


「その、えっと……」

「やるよ、別に食わなきゃ死ぬわけじゃない」


 俺は早々にあきらめて隣にあるコッペパンを掴む。こんなことで争っていたくはない。


「あ、ありがと!」


 声を無視して購買のレジに並ぶ、昼時だけあって、かなりの人数が並んでいたが、それは百戦錬磨のおばちゃんたち、見た目よりずいぶん早くレジ打ちは済んだ。


 俺はパンを片手に自分の教室に戻り、席に着くとそれにかじりついた。マーガリンとイチゴジャムのチープながらも、すきっ腹のど真ん中に打ち込んでくるような味に舌鼓を打つ。うまい。


 周囲ではクラスメイト達が楽しそうに話している。少し羨ましいと思うし、話題に入れそうな趣味の話もあった。だが、俺は何もしない。


 臆病と言いたければそうしてくれて構わない。だが、俺は誰かと親しくしたり、競ったりするのが煩わしかった。


 あ、俺が好きなミュージシャンの話してる。そうそう、あの歌詞が堪らなく好きなんだよな。寂しいけれど、人と関わるのが怖い。感情移入し過ぎて初見の時は泣いた記憶がある。


 向こうではソシャゲの高難度クエスト。俺はクリアしたけどあいつらは手こずってるみたいだ。低レアを上手く使うのがコツなんだよな。


 あとは――

「隣、いいですかね?」

「……」


 いきなり女子に声を掛けられて面食らったが、俺はそれを顔に出すことなく、椅子を隅に動かす。隣で話しているグループの輪に入りたいのだろう。男の俺が居ては邪魔だ。


「ありがと」


 そう言って女子は俺の隣に座る。


 ……近くないか?


「あ、わたしは穂村千桂、千桂ちゃんって呼んでね。あなたは?」

「……え?」


 俺の方に投げかけられた言葉に、思わず顔を上げる。そこで俺は初めて彼女の顔を見た。


 緩いふわふわのボブカットに、人懐っこそうな優しい瞳。薄い色の口紅をつけていて、もう見るからにクラスカーストの上位だと分かる。


「……碓井」


 面倒だ。


 誰かと関わると比べられる。競争せざるを得ない。俺はそれに疲れて一人で居るんだ。俺は彼女から目を逸らしてコッペパンにかぶりつく。


「ほうほう、出席番号は結構若いね、4番くらいと見た!」

「5番だ」

「はずれたー!」


 俺が黙っていても、相手が黙っていない。


 なんだ? 何がそんなに興味あるんだ? 気になって視線を動かすと、その先にはメロンパンを握った彼女の手が見えた。


「あ、やっぱりメロンパン好き仲間ですよね? ちょっと待っててください。はんぶんこしますんで」


 俺の視線を勘違いしたのか、彼女は「むぎぎ」と何やら唸りながらメロンパンを歪に二等分(正確には4:6くらい)し始める。


「んー……? ど、どっちが大きいですかね?」

「二つとも穂村が食えよ……俺はこれで腹いっぱいだから」


 そう言って俺はパンの残りを口に詰める。調子が狂うというかなんというか、こういう人種とは初めて会う。


「おお……何と慈悲深い、では遠慮なく」


 そう言って穂村はメロンパンの大きい方から食べ始める。その姿はしとやかというか、小動物的というか全体的に小さかった。

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