第22話 予想外の場所から予想外の殴られ方した。

 顔は覚えられていないだろう。

 持ち物は残していないはずだ。

 重傷も負わせていない。


 これ以上手を出さなければ、さっきの不良は俺たちに絡んでくる事は無いはずだ。


「もう大丈夫、あと……悪かった」


 人ごみに紛れるように走り、さっきの場所から十分離れたところで、俺は幸奈の手を離した。


「え……?」


 彼女は理解できないような顔をしていたが、怖い思いをしたのは確かだろうし、人を殴るなんて暴力的な光景を見せてしまったのは揺るぎようもない。


「誰かを殴るところなんて、見たくないだろ? だから、悪かった」


 せめて、花火を見ることで気を紛らわせてくれたらと思う。どれほど効果があるのか分からないが。


「いえ、そんなことは――」


 何かを言いかけた時、海の向こうで眩い光が咲いた。花火大会が始まったようだ。


「……何にしても、今は花火を楽しもう」

「は、はい」


 色とりどりの花火が、パッと咲いては灰色の残像を残して消えてゆく。それらが絶えないように、次々と花が咲き、少し遅れて弾ける音がここにまで届く。


 ともすれば季節外れになりそうな空に咲いた花は、幸奈の顔を照らしていた。


「綺麗ですね、あ、すごい……どうやったらあんなに出来るんだろう」


 その表情はハイセンスな服装や、整った顔立ちから想起されるイメージより、はるかに子供じみていて、年相応というよりも、子供そのものだった。


 その姿と花火の対比に見とれていると、携帯に通知が届く。


 何事かと開くと、千桂たちと四人で作ったグループチャットに、石倉が家から撮ったであろう花火大会の写真がメッセージと共に張られていた。


『どう? 千桂ちゃんたち花火見てる?』


 一分と経たず、千桂と田中も写真を送信してくる。


『みてるよー、夏になったらみんなでお祭り行こうね!』

『みつます』


 田中の奇妙な文字列が気になったが、しばらくすると『見てます』に変わった。どうやら急いで入力したらしい。


「……」


 そうだな、俺も現地で見てるって送っておくか。


 カメラアプリを起動して後ろを向き、花火の上がるタイミング待つ。


「隙ありっ!」

「おっ!? ……っと」


 シャッターを押す瞬間、幸奈に飛びつかれて手がブレる。


 そして、彼女は流れるような動きで携帯を奪い取り、送信してしまう。


「おい、幸奈……」

「はい、返してあげます。女の子と一緒にいるのに携帯いじる冬馬さんが悪いでーす」


 全く、油断も隙も無いな……送信してしまった写真を見ると、少しピントのズレた画面に、俺と幸奈が写っていた。


 まあ、写真は送ったし、これ以上携帯を触って変な事されたらかなわない。もうポケットにしまっておこう。


「悪かったな……でもあんまりからかうなよ」

「はーい、分かってまーす」


 反省してないな……っていうかこんな性格だったんだ。こいつ。


 気を取り直して花火に意識を向けると、クライマックスのようで、ちょうど金色に輝く光が幾重にも重なって、輝く稲穂のように見える。


 そしてその中から一本の線が天へ向かって伸び、特大の花が咲き、花火大会は終了した。


「すごかったですね」

「ああ、最後の花火も相当な大きさだったな」


 三尺玉、とかそういう奴なのだろうか。とにかく迫力があり「これぞ花火!」という主張が、遅れて到着した音と共に肌で感じられた。


「あと、ありがとうございました。一緒に花火を見ていただいて……できればまた、遊んでくれると嬉しいです」

「ああ、それは良いけどさっきみたいな――ん?」


 さっきから携帯が震えまくっているのに気付く。


「悪い、ちょっと確認――なんだ?」


 通知画面を見ると、チャットの通知で埋まっていた。慌てて開くと、千桂たちから大量のメッセージが届いている。


『え!? 誰!!? その子! めっちゃ可愛いじゃん彼女!?』

『彼女さんなんですか、おめげとうございます』

『彼女じゃないよね、冬馬、わたし、信じてるからね』

『千桂ちゃんなんで碓井の事名前で呼んでんの!?!!??? 嘘、二股!???????????!!』


「……」


 幸奈は俺を見ながら満面の笑みでピースしている。やられた。


「幸奈、勘違いを解くために協力してくれ」

「良いですよ、この白崎幸奈、協力は惜しみません!」


 ……白崎?


「あー……ちょっと聞きたいんだが、幸奈、高一の兄弟って」

「あ、はい、一つ上の兄がいますけど」


 俺は天を仰いだ。

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