第20話 花火大会を一緒に見ているだけだ。1

 観覧車を降りた俺たちは、携帯を確認しつつ話す。今は大体六時半、今から家に帰るとすれば、大体七時くらいか。


「ゴールデンウィークだから、八時くらいに近くで花火を上げるみたいだな」


「あ……ごめんなさい、僕もう帰らないと門限が」

「わたしもー、疲れたし今日の所は帰っておきたいかな」

「二人とも帰るなら、男二人残ってもしょうがないだろ」


 案の定というか、やっぱりそう上手くはいかない。


 一応今日はかなり楽しんだし、帰るのも悪くないだろう。


「そうだな、今日は解散って事で――あ」


 そこで思い出す。お土産を買ってないことに。


 近場で行こうとすればすぐに行ける場所だが、この日の為に、母親は小遣いをちょっと多めにくれていたのだ。何かしら買って帰った方が今後の心証も良いだろう。


「すまん、ちょっと土産買うの忘れてた。みんなは帰ってていいから、俺はもうちょっとうろついてから帰る」

「あ、わたしも! ……だけど、帰りのコンビニでそれっぽいの買えばいいですかね?」


 千桂の適当ぶりに苦笑しつつ、俺は三人と別れる。


「んじゃ、またゴールデンウィーク明けな」

「ああ」


 別れ際の石倉に声を返しつつ、俺はパンフレットで土産物屋を探す。近場にある適当な場所に入ると、棚を順番に見ていき、手頃なぬいぐるみと、缶の方が高そうなクッキーを買って、袋に入れてもらった。


 店から出て空を見るともう完全な真っ暗で、周囲の人は夜のライトアップを楽しんでいるようだ。


 周囲は家族連れだったり、恋人同士だったりで、一人で居るのもちょっと恥ずかしい。俺はそそくさと出口へ向かって歩き始めた。


 歩き始めると、四人でいた時のような楽しさではなく、一人で居る場違い感が強く感じられるようになり、急に惨めな感覚になる。早いところ、ここから出てしまおう。


 入退場ゲートをくぐり、外に出る。まだ五月の初めで、本格的に暑くなったりする事は無いが、それでも急ぎ足だったので背中に汗が滲んでいた。


 テーマパークから出てしまえば、そう場違いな感じには見えない。港湾地区だけあって、外にはまばらだがスーツ姿の会社員もいる。俺の服装なら、パッと見はそれの仲間と見えなくもない。


「ふぅ……」


 一息ついて、携帯を確認すると、知らないアカウントからダイレクトメッセージが届いていた。


『こんばんはTOMさん。送るかどうか迷ってたらこんな時間になっちゃいました』


 TOMと呼ばれたことで、今朝(と言っても昨日深夜みたいなもんだが)連絡先を渡した金髪翠瞳の少女だとわかった。


 アカウント名は「YUKi」とある。ユキ……さんという訳だ。


――丁度今日やることが全部終わったところ。どうかした?


『いえ、特に何って訳じゃないんですけど……あ、そうだ、もうすぐ港の方で花火大会があるみたいですね』


――ああ、それは

 途中まで打ってメッセージを消す。直接話した方が早そうだ。


 SNSの通話ボタンをタップして、着信を入れる。


「……はい、えっと、TOMさん」

「ああ、お疲れ、花火大会な、丁度深河ベイサイドパークの近くに居るからよく見えそうだぞ」


 電話口の彼女は、少し元気がなさそうだった。


「えっ、そうなんですか、じゃあ深河駅前で待っててください」


 そう言って、彼女は通話を終わる。深河駅前で待ってろって……もしかして、来るつもりか?


 こんな時間から出歩くのも驚きだが、そのフットワークの軽さにも驚く。俺は半信半疑で深河駅前で待つことにした。まあ来なくても、最悪花火を見て帰ればいいだろう。


「……」


 ただ待つだけなのも暇なので、携帯を開いてソシャゲを始める。早朝にデイリーを済ませたまでは良かったが、今は完全にスタミナが溢れていた。今日はやる暇なかったな、と今更ながら思う。


「えっと、TOMさん」


 高難度クエストをクリアしたところで、声を掛けられる。顔を上げると、今朝会った彼女が居た。


「ああ、まさか来るとは驚いた」


 彼女の服装は、昨日の時点では特に意識しなかったが、かなりハイセンスというか、個性的だった。


 レザーとベルト、そしてエナメル質の生地を基調としていて、特殊なお店で働いていそうな要素ばかりなのだが、それが上手く調和して、外で着ていても違和感の無いようなシルエットになっている。


 恐らくそれも偏に彼女の顔が整っているからなのだろうが、それでもよく見れば見るほどに、興味の尽きない服装だった。


「ふふっ、二人で花火大会、デートですね」

「でっ!?」


 出会って数秒で凄まじい事を言いだされて、俺は思わず噴き出した。

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