第39話 心臓に悪い。
小遣いが入るまであと五日。残金三〇〇円。
なけなしの金を使い、俺は幸奈にドクターペッパーを買ってやる。コーラを買おうとしたが、どうも「コーラと言ったらドクペかメッコール!」というタイプらしい。
「あの、別に私、お金には困ってないんですけど」
「年上には甘えとけ」
昼食代も含めての小遣いのため、五〇円分の駄菓子を昼ごはんにすれば六日はもつ、それで頑張るしかないだろう。
幸奈の隣に座ると、ふわりと香辛料の臭いに混じって、女性特有の甘い臭いが鼻を掠めた。嫌いな匂いじゃないな。
「それで、どうしたんですか? 今ってテスト近いはずですし、真面目な冬馬さんが、こんなところに来たらダメじゃないです?」
真面目か、多分白崎から聞いたんだな。
「俺は別に真面目じゃない。成り行き上そう見られているだけだ。それより……幸奈の事を教えて欲しい」
「えっ」
幸奈が驚いたように身体を強張らせる。一瞬どうしたのかと気になったが、すぐに理由に気付いた。
「ああ、悪い。変な意味じゃなくてだな、白崎の妹って事しか分からないし、あのお願いの意図も分からない。幸奈の事を本当になにも知らないんだ」
「あ、あはは、そういう事でしたか……じゃあ私のことを知ってくださいね」
勘違いに苦笑して、幸奈は身の上を話し始める。
まずは気になっていたその金髪と翠瞳、彼女が言うには、父親がアメリカ人らしく、その関係だそうだ。言われてみれば、白崎も心なしか薄い色の髪をしていた気がする。
「あとはそうですね、お兄ちゃんとは仲悪くないんですよ、私」
「そうなのか?」
「最近ちょっと避けられてますけどね」
意外だ……まあ、兄弟の仲なんか、わざわざ他人に言いふらさないか。
「だから冬馬さん経由でお兄ちゃんとまた遊べるようにならないかなって思ったんだけど、すぐ断られちゃいましたし」
「それは……悪い」
家庭の事情に巻き込むな。とか言っても良いとは思うんだが、自分から聞いてしまった手前、そういう訳にも行かない。
「別にいいですよー、お兄ちゃんも冬馬さんと仲良くできないみたいですし」
それは、分かっていた。初めての会話であそこまで敵意を感じたのはあの時が初めてだった。
「冬馬さんに関係ありそうなことはこのくらいですね、どうします? 私の秘密もっと聞いちゃいます?」
「秘密?」
だいたいの話を聞いた後、そんな事を言われて俺は鸚鵡返しに聞き返した。
「そう、たとえばぁ……」
声を落とし、幸奈は俺の肩にそっと手を置いて、囁くように続ける。
「――初キスの思い出とか」
「ぶっ!?」
思わず吹き出して咳き込むと、幸奈のカラカラとした笑い声が聞こえた。年上をからかうんじゃない。
「あははは! 大丈夫でーす。幸奈ちゃんはまだキスしたことありませんよーっ」
「そ、そういうのは、言う相手を選べ」
心臓に悪い。時々幸奈は距離感がおかしいんじゃないかと思う事があった。
「……選んでますよ?」
「え?」
唐突に幸奈は真面目な声になり、俺を見つめる。
「だから、初めての相手、冬馬さんが良いなーって」
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