第48話 ナイスタイミングだと思った。

 テスト最終日に至るまで、千桂と話す機会は遂に訪れなかった。


「はい、じゃあ始めてください」


 解答用紙をひっくり返して名前と出席番号を書いてから解き始める。基本的な問題がメインで、知識の穴埋めや一問一答。そこまで難しくはない。この内容なら三人ともすぐに解けるだろう。


 そして、あとは俺が上手くできるかどうかだが……この問題難度なら、満点も狙えるだろう。


 解答欄を間違えないよう注意して、一つずつ問題を埋めていく。ケアレスミスも内容に本文はしっかりと読み込む。悩む事は無かったので、時間は目いっぱい使ってゆっくり解いて行けばいいだろう。早く解き終わっても、終わるまでの間じっとしている羽目になるんだから、速解きのメリットは何もない。


「はい、そこまで」


 監督の先生がそう言ったので、俺はシャーペンを放して解答用紙を裏返す。なんの危なげもなく終わってしまったが、他の三人はどうだろうか?


「手応えはどうだ?」


 解答用紙を回収し終わり、休憩時間になったタイミングで石倉達に声をかける。


「僕は自信あります。こんな手応えあったテストは初めてですよ!」

「……」


 元気よく答える田中とは違い、石倉はぐったりとしていた。


「試験終了五分前に解答欄ズレてるのに気づいた……」

「……そうか、まあ次のテストで全教科終わる。引き摺らないようにな」

「うーっす……」


 ありがちというか、一番やりきれないミスだよな、それは。


「あ、そうだ。千桂ちゃんはどうかな?」


 席についたまま、次のテストへの仕上げをしている彼女へ、石倉が歩いていく。


「千桂ちゃんどうだった?」

「あ、うん。八割くらいは答えられたつもりですよー」

「いやー俺、途中で解答欄がずれてるのに気づいちゃってさあ」

「あはは、うっかりさんですねえ」


 石倉と千桂は楽しげに話している。なんとなく、俺はその間に入っちゃいけないような気がして、黙っていた。


「――っと、そうだ。碓井はどうなんだよ?」

「俺?」


 石倉が話を振ってくる。


「どうって言われてもな、三人に教えたのは俺だから、そういう事だよ」

「……言うなあ、お前、まあ事実だからどうしようもないんだけど」


 呆れたように両手を広げるが、お互いに冗談だという事は分かっていた。


「碓井さん本当に今回は助かりましたよ。クラス一位も狙えるんじゃないですか?」

「あんまりそういうのを考えてると、一位じゃなかった時にがっかりするから考えたくないんだ」


 田中の質問に、俺は素直に答える。一番になるって目的を考えるのは、そうならなかった時の挫折も受け入れるという事だ。俺はそんな度胸は無いから、一位は目指さない。頑張っていい成績を残す。それが俺の目的だ。


「うわぁ、弱気もここまで来ると卑屈に近いぜ、なあ千桂ちゃん」

「えっ!?」


 唐突に石倉から話を振られ、千桂は声を上げる。


「う、うん……その、そうなんじゃ……ないかな……」

「……?」


 ぎこちない返事を返した千桂に、石倉と田中はいぶかしげな視線を送る。


「千桂ちゃん、冬馬となんかあった?」

「な、無い無い! 何にもないからっ!」

「あー……なるほど?」


 石倉の問いをむきになって否定する千桂の様子に、石倉はなんとなく事態を察したように頷いた。


「碓井ー、ちょっと話を――」

「テスト始めるぞー、席につけー!」


 幸か不幸か、邪悪な顔をした石倉による、俺への追及が始まる前に採集科目の監督をする先生が入ってきた。

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